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第4話 オリジナルの投稿日:2008/02/09(Sat) 19:34
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- 「西澤さん、お腹の赤ちゃんは、お元気かしら?」
決定的な勝利を見出せなかった苛立ちを隠しながら、麗子は話を変えた。
「ええ、お蔭様で」
「あらぁ、お蔭様でなんて、わたくしは、何もしていないですわ」
ニヒルな冷笑という言葉が女性にも使われて良いのならば、この時の麗子の笑みがそうだった。
「あなたに何かしたのは、あの殿方でしょう」
アイツのことを言っているのは分かっていたし、何を言っているのかも分かっていたが、
「私は、エッチしてないわ! その証拠に、りっぱな処女膜があるんだから!!」
周りの空気が一気に5℃下がった。
挑発に乗ったことを、美紗子はすぐに後悔した。
「いやですわ、西澤さんったら。りっぱな処女膜だなんて、お下品ですわよ」
確かに下品な物言いだった。が、ウソではない。美紗子は処女で、医者の診断書が学園の事務局に提出されているのだ。
これ、本当の話。
妊娠発覚当初、相手は誰だ?となった。相手は妖との答え。その答えが、言い逃れに聞こえたのは当然で、じゃあ証拠
を、となった。で、処女膜検査となったわけ。妖の森に住む人魚のアイリーンの証言もあり(妖と人間の間に子を儲ける
ケースが、ままあるらしい)無罪放免となった。
その時の学園長の言葉が、
「妖相手じゃ仕方ない。犬に噛まれたと思って忘れなさい」
美紗子の腹の底は煮えくり返っていた。
(犬に噛まれた方が、どれほどマシだったことか)
当然である。処女受胎であれば、尊敬の眼差しでチョー有名になっただろう。教会総本山からの表彰だって夢じゃない。
しかし、お腹の子は妖ときた。表彰どころか、逆に対魔族の戦士が派遣されるかもしれない。彼の国では、魔族も妖も
同じだと思っている。
「♪は〜あぃ、マイ・ハニ〜〜〜ぃ♪」
台詞に音符を付けるなんて、いかにも軽薄な感じ。決定的に、美紗子は鬱になった。
(コイツが私を孕ませた張本人なのよ)
うんざりという顔で声のした方向に向いた。男が、にこっと微笑んで立っていた。
この男、インキュバス。名前は、ステファン・ヨハンソン。
「ねえねえ、マール。後ろに白いバラの花が見えるよね」
「マリンも? 見間違いじゃないみたい」
インキュバスは、妖の女の子の台詞に気を良くしたようだ。
「ふっ、白バラは美少年の嗜みです」
一瞬見えた牙がキラリと陽に反射し、さわやかな笑顔を見せた。
「ウソツキ。齢200って言ってたくせに」
「ワタシハ、人間ジャアリマセン。200歳デモ、美少年ナノデアリマス」
(急にお登りさんになったわね)
この軽薄さには付いて行けないし、行きたくもなかった。
「麗子さん、私の妻を侮辱することは赦しませ〜ん」
「誰が妻よ!誰が!」
「オー、それはないですぅ。美紗子さん、私の子ども、産んでくれると言ったではありませんかぁ」
「…」
それについては美紗子にも言い分があった。
説明するまでもなく、インキュバスは夢魔とも淫魔といわれる魔族。女性の夢に侵入し子作りをする。
人間の男の夢に入り込む淫魔はサキュバス。ギャルゲーする読者諸氏には釈迦に説法ですな。
しかし美紗子の場合は、夢の中ではなくて、自分で慰めているところに、すなわち、エッチな妄想中に入り込まれた
というところが実のところ。
(いいじゃない。私だって健康な女の子なのよ)
居直ったな。
とまあ、美紗子は、あっという間に堕とされて、
<責任とります、美紗子さんは産むだけでいいです、子どもは私が育てます>とハアハア状態で契約させられたのだ。
でも、これって説明不足じゃない? いいことばっかり言っている詐欺商法に近いものがある。クーリングオフがきくよねえ。
が、もやはそれは出し遅れの証文。お腹の中にはインキュバスの種が、りっぱに芽を吹いていた。
「まあ、西澤さんったら、そんな約束をしたのですか。ならば、妊娠するのも当然ですわ」
優雅にハンカチで口元を隠して麗子は笑った。お〜ほほほほ、という文字がゴシック体で浮かんでいる。
「お、げ、れ、つ」
一言残して、麗子は校舎へ足を向けた。