カードキャプチャーさくら〜黒衣の花嫁〜
第7話     【中国流魔術乱舞】



【中国流魔術乱舞】



 ある日のお昼時間。
 ある者は食べながら、またある者は食べ終わって思い思いに友達と話していた。

「三原さん。月峰神社のお守りって、よく効くとか聞いたのですけれど・・・」

 魅優が千春に話しかけた。

「うん、願い事、特に恋愛などによく効くらしいよ」

 千春の目がキラキラと輝く。音無さんも恋愛事なの?と目が語っていた。

「いいえ。わたしはそういう事ではありません。ご主人様の事で・・・」

「ふうん、本当ぉ?」

 千春も山崎と恋する乙女。
 この程度の返事では納得しない。

「ほ、本当ですよ」

 頬を染めて云い返すも、これを見ては誰も納得しないだろう。
 現に千春は魅優をマジマジと見つめている。

「ふっ、まあいいわ」

 恋する者がいるからか、余裕みたいなものがあった。
 だがしかし、次の魅優の言葉でそんなものは木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

「そういえば、先ほど山崎君が柳沢さんとお話されているところを見ました」

 千春の動きが一瞬止まった。

「そ、そうなの? 山崎君は委員長だから、何かそういう話じゃないのかな」

 内心の動揺を抑え、努めて冷静さを保つ。

「ええ、そうかもしれませんね。でも・・・」

「でも?」

「なにやら楽し気な雰囲気でした。山崎君も軽口を叩いていましたし」

 ピキっと千春の額に青筋が浮かぶ。
 恋する乙女は嫉妬深い。
「委員長ですものね」

 にっこりと魅優は千春に笑いかけた。
 その笑いがますます千春を苛立たせる。

「こういってはなんですけど、山崎君って意外と人望があるのですね」

「見た目はああだけど、結構しっかり者なのよ」

「ですね。山崎君の恋人さんも、きっと出来た方なのでしょう。嫉妬などせず、大らかな方なのでしょうね」

 魅優の言葉に、ぐっと嫉妬を押さえ込む。

「そんな山崎君を射止めようとすれば、これはもう、おまじないとか恋の魔法に頼るしかありませんね」

 押さえ込んだ嫉妬が、再びグラグラと沸きだした。
 もはや臨界点に近い。

「あっ、思い出しました」

「何を?!」

 千春の声が上ずっている。

「大道寺さんが、月峰神社のお守りを」

「わたし、知世ちゃんにお守りもらって来る。ごめんね、音無さん」

「持っているそうです」

 魅優が云い終らぬうちに、千春は席を立って駆けていた。
 後には、うふふ、と笑う魅優が残った。



 学校帰りの道すがら、さくらと知世が並んで歩いている。

「知世ちゃん。月峰神社にいたんだって?」

「ええ。どういう訳なんでしょう。真夜中に街中を歩いていたなんて」

「おうちの人たち、誰も気がつかなかったの?」

 知世が頷いた。
 早朝、月峰神社から大道寺家に連絡が行った時、大道寺家では大騒ぎになった。
 誰も、知世がいなくなったことに気がつかなかったのだ。
 お陰で、使用人たちには知世の母である園子から大目玉を食らったらしい。
 知世の必死の取り成しで、解雇と減俸は避けられたらしいが。

「わたし、夢遊病の気があったのでしょうか」

 はあ、とため息をつく。

「観月先生のお爺様からお守りをいただいたのですが」

 別れる時、魔除けのお守りを歌帆の祖父にもらったのだが、

「千春ちゃんに持っていかれましたわ」

 はあ、ともう一度ため息をついた。



 月が輝いている。
 月明かりが街灯の影をどこまでも長く伸ばしていた。
 その街中を妖しいソプラノの歌声が微かに流れている。

「なんや、あまり良い感じしへんわ」

「うん、早く帰って寝ようっと」

 ノートを買い忘れていたため、深夜のコンビニに買い物に来たさくら。
 感じの良くないものが纏わり付くようで気分が良くなかった。

「あれ? 知世じゃあらへんか?」

「ほえ?」 

 ケルベロスの言葉に耳を疑う。
 さくらとて、寝る直前に買い忘れを思い出して出てきたのだ。
 今の時間に知世が起きているとは、ちょっと考えられなかったのだが。

「知世ちゃん、どこ行くの?」

 今度は目を疑った。
 本当に知世が歩いていた。
 しかも、夜着姿である。
 しかし、知世は返事もせず、心許ない足付きで歩いている。

「知世ちゃん、聞こえないの?」

 さくらが、そのまま行こうとする知世の手を掴んだ。
 そして知世の顔を覗き込んだ。

「知世ちゃん?」

 知世の瞳には光がなかった。

「さくら。知世は魅入られているでぇ」

 知世の瞳に精気というものがないのを、ケルベロスはいち早く感じ取った。

「魅入られているって、どういうこと?」

「落ち着いてみい。さっきから歌声が聞こえとる。この歌声、妖しいわ」

「ホントだ。魔力を感じる」

 良くない予感がする。
 さくらは生唾を飲み込んだ。
 その隙に、さくらの手を振り解いた知世は公園へと向かった。

「知世ちゃん、待って!」

 知世を放っとくわけにもいかず、後をつける。
 公園では影法師が歌っていた。

「いらっしゃい、大道寺さん」

 影法師がそう云うと、知世の両頬に手を添えた。

「うん・・・」

 鼻にかかった声が、知世の唇から漏れる。

「音無さん?!」

 さくらが叫んだ。そこには意外な人物が、メイド服姿の魅優がいた。

「さくら、こいつ人間とちゃうで。魔物や!」

「魔物?」

「さすがはケルベロス、ご明察です。でも、人間の血も流れていますよ」

「じゃあ、あなたは誰なの?」

 さくらが、魅優をきっと睨む。

「わたしはセイレーン。セイレーンのミユウといいます」

 ミユウはメイド服のスカートの端を両手で摘み、右足を少し引いてあいさつをした。

「それでか。それで知世は歌に誘われるかのようにさまよってたんか」

 セイレーンは、船乗りを歌で誘い込んで船を沈没させる魔女として、ギリシャ神話で有名である。

「わたしたちを騙したのね」

「申し訳ございません。お互い敵同士ですし」

 さくらが拍子抜けするくらい、ミユウは素直に謝った。

「母はセイレーンの血を引く者ですが、父は正真正銘の日本人でした。ですから名前も、セイレーンのミユウを日本風に
 したんです」

「ふっ。それで音無か。ネーミング・センスいいわ」

「お褒めに預かり、恐縮です」

 ケルベロスの言葉に、にっこりと微笑む。

「全てはご主人様のために」

「ご主人様? そうか、ご主人様って、リチャード・王やろ?」

 微妙な時期に、もうひとりの異人の魔女が現れた。
 ケルベロスでなくても、2つの事を結びつけるのは簡単だった。
 仲間に違いないと、容易に推察できる。

「はい。ちなみにご主人様は、ちゃんと仕事を持っておられます。名前は、さくらさんたちにご紹介した通りですけど」

 名前を2つ持っていたのだ。

「じゃあ、フェレディ・M・アンダーソンさんがリチャード・王?」

「さっきからそう云っとるやないか!」

 じれったそうにケルベロスが喚いた。

「ほええええ」

 驚くさくらに、ケルベロスは頭を振っていた。

「でも、似ても似つかなかったよ」

 さくらは信じられないと思っていたが、

「ご主人様は魔法で姿形を変えられていたのです。さくらさんだって、鏡[ミラー]のカードをお持ちではありませんか」

「さくら、その時魔力を感じなかったんか?」

「う、うん・・・気がつかなかった・・・」

「はあ。食い地が張っていたのは、わいだけじゃなかったんやな」

 ケルベロスが、何やっていたんねん、とため息を吐いた。

「お褒めに預かり、恐縮です」

 ケルベロスの言葉にミユウが答える。

「別にあんさんを褒めた訳やない。さくらの迂闊さを嘆いているんや」

「いえいえ。さくらさんが気がつかなかったのは、楽しいひと時を過ごしたという事です。楽しいひと時は、どんな魔法にも
 勝るものです。もてなした側として、これほどの喜びはありません」

 ミユウは本気で報われたと思っていたのだが、さくらはバカにされたと思っていた。
 少なくても、あの時魔力を感じていれば、今の状況はなかったはず。そう思っていた。

「それではみなさん、ごきげんよう」

 ミユウは知世の腰に手を回し、その場を立ち去ろうとする。

「知世ちゃんは渡さない!」

 鍵をかざす。

「星の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ。契約の元、さくらが命じる。封印解除[レリーズ]」

 星の魔法陣が足元に現れる。

「風[ウインデイ]」

 かざした魔法の杖に、さくらカードをぶつけ、風を呼び起こす。
 が、風はミユウを捕らえることはできなかった。

「捕まえられない?」

 魔法が効かない事で、さくらは動揺した。

「水[ウォーテイ]」

 攻撃カードを使うも、これもミユウは何事も無かったように立っていた。

「ケロちゃん、魔法全然効かないよ」

「いや、効かないというより、魔法が届かなかったみたいや」

「どういうこと?」

「わからん」

 ケルベロスも動揺していた。これでは、魔法以前の問題ではないか。

「どうした?」

 声のする所を振り返ると、小狼とユエが駆けつけてくる姿が目に入った。

「小僧、なんでいるんや」

「なにやら胸騒ぎがしたんだ。そうしたら、ユエもいた」

 頼れる人物の出現に、さくらは少し落ち着いた。

「小狼君、魔法が効かないの。風と水が届かないみたいなの」

「樹[ウッド]を使ってみろ」

 小狼の言葉に従って、樹のカードを繰り出す。
 樹はミユウに向かって枝々を伸ばしていくが、途中で地に落ちた。

「そういうことか」

 樹の様子を見ていた小狼はつぶやいた。

「どういうことなの、小狼君?」

「縮地の法だ。近くに見えて、実はものすごく距離が離れているんだ。だから、カードの射程外にいる。これは高度な仙 術だ」

 云いながら小狼は、どこか違和感を感じていた。

「って、おい、あれは音無じゃないか」

 メイド服の少女が仙術を使っているので、小狼は混乱した。

「今頃気づいたんか?」

 呆れた調子でケルベロスが云う。

「そんなことより、どうすればいいの?」

 云い合っているヒマはないでしょ、とさくらが叫ぶ。

「地[アーシー]だ」

 静かな口調でユエが云った。

「縮地の法とは、地を伸ばしたり縮めたりする魔法だ。ならば、こちらも地に働きかけるしかない」

 ユエとは中国名で月のこと。さすがに中国系の魔法には精通している。

「わかったわ。地[アーシー]」

 地のカードを繰り出すさくら。
 地がうねり、さくらたちを乗せ、エスカレーターのように移動した。

「あらら? さすがはクロウ・リードをもしのぐさくらさん。やりますわ」

 とぼけた口調のミユウ。

「セイレーンのミユウ。知世ちゃんを返してもらうからね」

「そうはいきませんわ」

 あくまでも、返すつもりはないらしい。

「減らず口も、これまでだ」

 剣を抜きざま、小狼はミユウに斬りつける。
 キン!

「?」

 小狼の剣は、別の剣に受け止められていた。

「わたしのメイドたるミユウを傷つけることは、許しません」

 不敵な笑みを浮かべたリチャード・王が、そこに立っていた。

 金属的な音を残して小狼の剣を受け止めたリチャード・王。
 その剣は北斗の剣である七死刀。
  枝のように分かれていて7つの切先があった。

「ご主人様」

 主の出現に安堵の響きがあった。

「くっ!」

 小狼の額からは汗が流れていた。
 さっきからつばぜり合いが繰り広げられていて、互いの剣がぶるぶると震えていた。

「ふん!」

 リチャード・王が枝のように曲がった部分に小狼の剣を絡めて刀を捻る。
 そして小狼の剣を跳ね上げた。
 小狼の剣が宙へ飛ぶ。
 しかし小狼は剣には眼もくれず、リチャード・王が見せた隙を狙って拳を繰り出す。

「はっ!はっ!はっ!」

 リチャード・王は小狼の連続攻撃を体捌きでかわした。
 小狼は、そこに落ちてきた剣を空中で掴んですかさず構えた。

「やりますね、李小狼君」

「おまえこそな」

 剣を構え対峙する李小狼とリチャード・王。
 小狼の後ろで、さくらとケルベロス、そしてユエが相手に備えて身構えた。

「さすがに、これだけの人数を相手にするのは辛いですね」

 さくらたちに一瞥をくれたリチャード・王は、如何にも困ったという顔をする。
 それがかえって、余裕というものを感じさせた。

「ミユウ、ここは撤退しますよ」

 即座に断を下す。

「わかりました、ご主人様」

「ということです。それではみなさん、失礼をいたします」

 リチャード・王と知世を抱えたミユウが、こちらを見たまま滑るようにして遠ざかって行く。

「知世ちゃんを返せ!」

「バカ! ひとりで突っ走るな、さくら!」

 小狼が叫んだときは、もう遅かった。
 さくらはリチャード・王に向かって走っていた。

「かの者どもを捕らえよ。樹[ウッド]」

 樹の枝々が伸びていく。

「はっ!」

 リチャード・王が地面に七死刀を突き刺した。
 突き刺した七死刀から光が蛇のようにうねり進んでいく。

「火龍招来!」

 地面から炎が噴出し、樹は燃えた。
 樹のカードがひらひらと宙に舞っていた。

「魔法が跳ね返された」

 呆然となるさくら。

「さくら、一旦退くしかない」

「でも、知世ちゃんが」

「状況は不利だ。人質だから大切に扱うはずだ」

 人質という言葉がまずかった。

「人質だなんて、冗談じゃないよ!!」

 ますます逆上するさくら。
 その時、後方で炎が上がった。

「ミユウ。チャンスが転がり込んできたぞ」

「はい、ご主人様」

 リチャード・王の掛け声に、ミユウはわかっていますと答えた。

「さくらさんが自分から罠に嵌まりに来てくれています。チャンスです」

 地面から吹き上がった炎は、さくらと小狼、ケルベロスとユエが遮断された。

「やはり、大道寺知世からチェックメイトに入ったのは、正しかったな」

 リチャード・王は、自分の戦略眼に満足の笑みを浮かべた。

「それでは、かねての打ち合わせ通りに」

「うむ。頼むぞ」

「お任せ下さい、ご主人様」

 ミユウは火龍の尻尾に乗り、炎の壁を飛び越えた。





 ケルベロスたちは、炎の壁に行く手を阻まれた。

「くっそ―――」

 歯軋りするケルベロスの前に、ミユウが下りて来た。

「ユエ、ケルベロス。あなたたちの相手は、わたしがします」

「なめているのか?」

「なめてなんかいません。わたしは、ご主人様が片をつけるまで、あなたたちを釘付けにするだけですから」

「余裕やな」

 云われて、にっこりと微笑むミユウ。

「しかし・・・」

 ケルベロスの翼が光り大きくなった。
 大きな翼はケルベロスを包んだ。
 そしてその翼が開かれると、ケルベロス本来の姿になった。
 
「その余裕が仇になるさかい」

「わたし、こう見えても強いですよ。うふふ」

「なんや、むっちゃ腹立つな」

「では、小手調べと行きますね」

 ミユウが右手右足を前にして構える。
 中国拳法の典型的な構えだ。

「はい!はい!はい!」

 気合と共にミユウはユエに向かって左右連続の突きを繰り出す。
 その鋭い突きにユエは両手で防ぐのが精一杯だった。

「はいぃぃぃぃ」

 ユエの注意を上半身に引いたところに、深く身を沈めたミユウの地を這うような足払いが来た。
 たまらずユエは宙に飛ぶ。

「あらら? 空を飛ぶなんて反則ですよ」

 宙で翼を拡げたユエの顔は青い。

「できるな」

「次はケルベロスですね」

 ミユウはケルベロスの方に向く。

「それじゃ、行くでぇ!」

 前両足の爪を立ててミユウに襲い掛かる。
 その爪に引き裂かれるかと思った瞬間、ミユウの姿が消えた。

「ケルベロス、下だ!」

 ドス!ドス!

「ぐえっ」

 ケルベロスが苦悶の表情を見せてひっくり返った。
 ミユウが左手1本で倒立をし、左脚次いで右脚で蹴り上げたのを、ユエは見た。

「秘門蟷螂拳、穿弓腿。見事に決まりました」

 メイド服姿のミユウが自画自賛する。

「せやったな。人間じゃあらへんやった」

 ダメージをこらえつつ、ケルベロスは立ち上がった。

「次は全力でかからせてもらうでぇ」

 猛獣が獲物に襲い掛かるように、ケルベロスはミユウに連続攻撃を仕掛けた。

「ひゃっ!」

 ミユウは攻撃をかわすだけで精一杯だった。

「これで終わりや」

 ケルベロスが空中に飛んだ。
 口を大きく開け、地上のミユウに狙いを定める。
 改めて、ミユウが人間でないことを自分にいい聞かせたケルベロスの攻撃は、まったく容赦というものがなかった。

「往生せいやぁぁぁ!!!」

 口から火を吐くケルベロス。

「LaLaLaLa・・・・・」

 火がミユウに当たるその瞬間、火がミユウから逸れた。

「何?」

 逸れた火がミユウの周りを回り、円を描いた。

「我が歌には魔力があります」

 ミユウは祈るようなポーズで歌っていた。

「聴け、我が歌を。闇に生まれ闇に住む者よ。来たりて我に応じよ・・・」

 呪文に調べをつけて、セイレーンが歌う。
 指をかざし、正三角形を描いた。
 すると火は、それに従うように正三角形を描いた。
 次いで、ミユウは逆正三角形を指で描くと、またも火は逆正三角形を描いた。

「あれは魔星陣(ヘキサグラム)」

 別名、六芒星とも云う。
 宙を飛んでいたユエとケルベロスには、それが良く見えた。
 火の魔星陣から光の柱が立った。
 ケルベロスの火はミユウに逆利用されたのだ。
 その光の柱の中に、人が生き物に乗っている影が見えた。
 光の柱が消えてなくなると、まさしくミユウは生き物に乗っていた。

「わたしの可愛いパートナーです。名前は・・・おわかりですね」

 ミユウが首を撫でて云った。
 その生き物は、鷲の頭に翼と前脚を持ち、胴体と後脚はライオンだった。

「ああ、云われないでもわかる。グリフォンだ。おまえは召喚者だったとはな」

 ユエの声に、驚愕の響きがあった。
 よもや、セイレーンのミユウが、これほどの使い手だとは思ってもみなかったからだ。

「グリフォン、行くわよ」

 頼もしげに、グリフォンの首をポンポンと叩く。

「キィ――――」

 グリフォンが奇声を発して、ユエたちに襲い掛かる。
 その速さは風の如し。
 グリフォンを捉えきれないうちに、頭上から風切音が降ってきて、影がユエの頬を掠めた。

「なんだ?」

 見ると、ミユウが矢を放った後だった。

「当たると大怪我じゃすみませんよ。これ1本で吸血鬼を仕留めることができます」

 2本目を洋弓に番えてミユウが云った。

「ちゅうことは、矢じりは銀。シルバーアローやな」

 吸血鬼を封じ込めるのに、銀でできた杭を心臓に穿つという。
 2本目を射る。今度は余裕をもって矢をかわした。

「ケルベロス。彼女の矢は残り5本だ」

「おう!」

 ケルベロスがグリフォンに向かって火を吐く。
 グリフォンは急降下してかわす。
 その先にユエが待っていた。

「きゃっ」

 グリフォンは、ミユウが可愛い悲鳴をあげるも、ユエの貫き手を半回転してかわす。
 急上昇すると、ミユウは3本目の矢を射った。
 ケルベロスたちとミユウの攻防は続く。
 ユエはグリフォンの懐に潜り込もうとし、ミユウは隙を窺っては矢を放った。

「これが最後の1本」

 ミユウは最後の矢を洋弓に番える。
 今まで、矢は1本として当たっていなかった。
 ユエが潜り込むように接近する。
 ミユウはグリフォンの背中を台にして跳んだ。

「はっ!」

 矢を放つもユエは見切っていた。
 余裕を持ってかわす。

「いや〜ん!」

 落下で捲くれるスカートを手で押さえる。
 落下の途中でグリフォンがミユウを拾った。

「ありがとう、グリフォン」

 首を撫でてお礼を云う。

「さて、最後の仕上げにかかるわよ」

「キィ――――」

「うん、頼りにしているわ」

 ケルベロスとユエが、ゆっくりと近づいて来た。

「矢も尽きたな。降伏を勧める」

「ご冗談を」

 ミユウは勧告を一蹴する。

「あくまでも戦うっちゅうんやな?」

「ご主人様の楯となるのは、メイドとして当然の務めです」

 リチャード・王に仕える事に、誇りを持っているのだろう。
 胸を張って答えた。

「こちらも主を護らねばならない。緩める余裕はないのでな」

 ユエの右手から揺らめく魔力が立ち上がった。

「グリフォン、来るわよ」

 ユエとケルベロスの翼が羽ばたいた。
 一気にスピードを上げて襲いかかる。

「急降下!」

 グリフォンもスピード全開で急降下する。
 あまりのスピードにミユウはグリフォンの首に掴まって耐えた。
 自由落下のように足が放り出されそうだった。
 地面すれすれで、グリフォンは急上昇。

「キエ―――――!」

 猛禽類にも似た奇声をあげ、口から光弾を吐いた。

「わ、わっ!」

 不意を突かれたケルベロスは間一髪で、グリフォンの光弾をかわした。
 その攻撃の隙を突いて、ユエがミユウに手刀で仕かける。

「ちっ、外したか」

 寸前で攻撃をかわされたユエの前に、ミユウの髪の毛が舞っていた。
 それからも、ユエとケルベロスは攻撃を仕かけるが、グリフォンはかわし続けた。
 それはさながら、戦闘機の空中戦のようだった。

「このままでは、埒があかん」

「ケルベロス、挟み撃ちをかける」

「おう」

 ユエとケルベロスが挟み撃ちを仕掛けるべく二方向から迫る。

「チャンス!」

 ユエたちの意図を察したミユウが叫んだ。グリフォンは低空飛行に移る。
 前方からケルベロス、後方からユエが迫る。
 ミユウを乗せたままでグリフォンとケルベロスが空中で激突した。
 ミユウは激突寸前にグリフォンの背を蹴って宙を跳んでいた。

「はっ!」

 後方のユエに跳び蹴りを繰り出すも、ユエはその蹴りをかわした。
 ミユウがユエの側を落ちていく。

「?!」

 ガクンという衝撃を感じるユエ。
 左手にミユウの長い髪の毛が巻きついていたのを見た時は、すでに地に引きずり倒されていた。
 ユエが立ち上がろうとしたところに、ケルベロスがドーンという音とともに降って来た。

「キイ―――」

 奇声とともに光弾が連発で降ってきた。土煙が舞い上がる。

「ぐっ」

 ユエの鳩尾にミユウの肘打ちが入った。
 ユエは覚束ない足取りで数歩下がり、そしてぺたんと倒れた。

「ユエ、どないしたん?」

 土煙のお陰で、ケルベロスは見えなかった。
 そこにミユウの低い後回し蹴りがまともに入った。
 吹き飛んだケルベロスは、計ったようにユエの上に倒れた。

「大丈夫か、ケルベロス?」

「ああ、こんなんは何でもあらへん」

 よろよろと立ち上がった。

「それよりも早よう駆けつけんと。小僧が苦戦しているようや」

 土煙は晴れつつあった。
 小狼の方を見ると、確かに苦戦しているようだった。



「そうはいきません」

 突然ミユウの声がした。

「七星陣!」

 ユエたちの足元が、ぼうっと鈍く光り輝いた。
 光の中に、五芒星が見えた。

「しまった! 逃げろ、ケルベロス」

 が、ふたりとも動けない。

「な、なんでや? なんで動けへんのや?」

 焦るケルベロスに、ユエは唇を咬んだ。

「わたしが、ただ矢を放っていたとでも思っていたのですか」

 ミユウが指差した方向には、7本の矢が地面に突き刺さっていた。
 問題は、その7本の矢の形だった。

「7本の矢は北斗七星を形作っています。そして、あなたたちの位置は、云わずともわかりますね」

「北極星だ」

 苦々しくユエが答える。

「そうです。もはや、あなたたちはそこから動くことは叶いません。でも、心配いりませんよ。朝になれば星が消えます。
 それまでですから」

 朝までは、まだまだ間があった。
 それでは、さくらたちの応援に間に合わない。

「あなたたちは運が良いです。わたし程度の魔力では、ここまでですから」

 ミユウが何を云いたいのか、ユエにはわかった。
 本当の七星陣は消える星々とともに次元の狭間へと連れて行くという。
 ユエとケルベロスは、ミユウに一敗地にまみれた。



「うおぉぉぉぉ」

 唸り声を上げて小狼はリチャード・王に斬り付ける。
 が、その剣をあしらうようにリチャード・王は受け流す。

「はあ、はあ、はあ・・・」

「どうしました。終わりですか」

 小狼は両肩で息をしている。
 対してリチャード・王は息ひとつも乱れてはいない。
 先ほどからの小狼の攻撃は、リチャード・王に傷の1つも与えることはできなかった。

「風華招来!」

 剣に護符を合わせて、風を呼ぶ。

「こんな風は、涼風です」

 煩わしそうに七死刀で風を切った。

「くっ」
 魔力のほとんどを小龍に与えた今となっては、威力もなかった。

「さくら。火だ」

「火[ファイアリー]」

 さくらが火のカードをかざして魔法を放つ。

 火が小狼の頭上を越すその時、小狼はすっと剣を大上段に構えた。

「火神招来」

 火が剣に絡みつく。
 そして小狼は剣を振り下ろした。

「行けぇぇぇ」

 火はひと際大きくなってリチャード・王に襲い掛かった。

「水龍招来」

 リチャード・王が七死刀を振り上げると、水が龍の形となって火に向かった。
 激突する2つの魔法。
 だが、勝ったのは水龍だった。
 水龍はそのまま小狼に襲い掛かった。

「風[ウインディ]」

 小狼の危機に、水龍に向けて風の魔法を放つさくら。
 風は水龍とぶつかると、竜巻のようになって上昇していった。

「さすがは、さくらさん。クロウ・リードをもしのぐとの噂は本当ですね」

 小狼は今の出来事に衝撃を受けていた。

「さくらの魔法を弾き返した・・・」

 それだけではなくて、さくらと小狼の魔法の合わせ技を返したのだ。
 それはつまり、リチャード・王の魔力もクロウ・リードをしのぐということだ。

「どうしたらいいの、小狼君」

 小狼は後ろ足でさくらに寄って、小声で勇気付けた。

「こういう場合は、闇雲に魔法を放ってもだめだ」

「じゃあ?」

「さくらの魔法と互角ならば、おれの剣技でやるしかないが・・・」

 それがさくらの眼から見ても、あしらわれていると云ってよかった。

「さくら、カードを1枚、借りるぞ」

「うん」

 小狼はさくらカードから1枚抜き取った。

「勝負!」

 小狼はリチャード・王に向かって走った。

「無防備もいいところですね」

 隙だらけだった。
 リチャード・王が袈裟懸けで七死刀を振り下ろす。
 その瞬間、小狼はさくらカードを左手でかざす。

「楯[シールド]」

 さくらが杖をかざして叫んだ。
 キン!
 金属音が響き、楯が七死刀を止めた。
 その刹那、小狼の剣がなぎ払うように繰り出された。

「しまった!」

 小狼の斬撃をかわそうとするリチャード・王。

「遅い!」

 小狼はリチャード・王を充分に斬ったと確信したが、切先がかすめただけだった。

「そんな?」

 必殺の剣だった。外ずせるはずがなかった。

「ええ、その通りです」

 リチャード・王が腹部を押さえて云った。

「ですが、シールドに当たったのは、七死刀の第3の切先だったのです。そのために、僅かな間が生じました」

 押さえた腹部から血が滲んだが、致命傷ではない。

「お陰で命拾いしました。このわたしに傷をつけるとは、おふたりのコンビネーション・プレーはたいしたものです」

 小狼は苦々しい思いにとらわれた。勝負手だったのだ。

「もはや、打つ手無しでしょうか」

 勝負は着いたとばかりに、リチャード・王は立っていた。

「ご主人様、大丈夫ですか」

 そこに、グリフォンに乗ったミユウが舞い降りた。

「心配は無用。かすり傷にすぎない」

 どうやら致命傷ではないと知って、ミユウはほっとした。

「ご主人様。ケルベロスたちとは決着を着けました」

 さくらたちの顔が変わった。

「ケロちゃんたちは、どうなったの」

 ミユウはさくらに答える代わりに、後の方を指差した。
 さくらと小狼が振り返ると、そこにはケルベロスたちが苦悶の表情を浮かべて立っていた。

「ケロちゃんたちに何をしたの」

「朝まで動けないだけですから」

 心配いりませんとばかりにミユウは答えた。

「七星陣か」

 ケルベロスたちの横にある7本の矢を認めた小狼は云った。

「ご主人様直伝の魔法です」

「まさか、音無が北斗の魔法を使えるとは」

 これまで全て後手に回っている。
 リチャード・王の情報が少なかったため、意表を突かれて後手に回っていた。

「ご主人様、もはや邪魔は入りません」

「うむ。わたしも片をつけるとするか」

 リチャード・王が改めて構える。
 小狼も剣を肩に担ぐように構えた。
 時が止まったかのように睨みあうも、互いにじわじわと間を詰めている。
 一足一刀の間境を越えた刹那、2人は同時に動いた。
 ガシャン!
 鈍い音が、さくらの耳に聞こえたその一瞬後、宙をくるくる回っている物を見た。
 そしてそれはさくらの足元に刺さった。

「うっ!?」

 小狼の呻き声。
 切先がない己の剣を呆然と見ていた。

「それではお見せしましょう、わたしの北斗の魔法を」

 眼の前に七死刀を立てて、リチャード・王は呪文を唱え始めた。

「カイ シャク カン コウ ヒツ フ ヒョウ キュウ キュウ ニョ リツ リョウ」

 リチャード・王が呪文を唱えると、七死刀の7つの剣先が輝いた。

「だめ!!」

 リチャード・王が大上段に構えたその姿に、さくらは小狼の命の危機を感じ取った。

「水[ウォーティ]」

 リチャード・王に向けて魔法を放とうとするさくらの眼に、両手を広げたミユウの姿が飛び込んで来た。
 ために、さくらは魔法を放つことを躊躇した。
 振り下ろされた七死刀から7匹の龍が小狼を狙って奔った。
 小狼は咄嗟に両腕をかざしたが、7匹の龍は小狼の身体を突き抜けた。

「ぐわぁぁぁぁぁ」

 悲鳴を上げて小狼は地面に倒れた。
 小狼の身体から噴水のように7箇所から血が吹き出していた、あたかも龍が天に昇るかのように。

「北斗龍血泉。一滴の血が無くなるまで泉の如く湧き続けます」

 勝ち誇ったリチャード・王が云った。

「義兄上も・・・これで・・・やられたのか・・・」

 息も絶え絶えで、小狼が呻くように云った。

「とどめを刺すのが、慈悲というもの・・・」

 近づいたリチャード・王が七死刀を逆手に持ちとどめを刺そうとする。

「やめて!!!」

 さくらの叫び声に、リチャード・王の手が止まった。

「お願い。小狼君を助けて」

 泣きながらさくらは小狼の命乞いをする。

「さ、さくら・・・にげろ・・・」

「そんなこと、できないよ」

「にげれば・・・また・・・たすけに・・・これる・・・。おれは・・・だいじょうぶ・・・だ」

 しかし、さくらは小狼の傍に寄って、涙目で首を振った。
 さくらは小狼に生きていてほしかった。 

<李君の幸せを第一に考えるべきですわ。例え、李君の思いにそぐわなくても>

 さくらは知世の言葉を思い出していた。

「いいでしょう。小狼君の命は助けましょう」

 再び七死刀が輝くと、血の迸りは止んだ。
 ガクンと小狼はうな垂れた。

「心配いりません。気を失っただけです」

 ミユウが、さくらの心配を先取りして云った。

「治してくれるね」

「約束は守ります」

 主の言葉に従い、ミユウが小狼をグリフォンの背に預けた。

「どうするの?」

 怪しむさくらに、

「ここで治療できませんからね。我が隠れ家、幻影館に来てもらいます」

 当然それは、さくらにも来い、ということだった。
 さくらに拒否できるはずもない。

「知世ちゃんは?」

「それも心配いりません。大道寺さんは、さくらさんを誘き寄せるために狙っただけですから」

 リチャード・王がさくらの手を取った。

「それでは、これで失礼をいたします」

 ミユウはスカートの端を持ち右足をちょっと引いて、ユエとケルベロスにあいさつをする。

「さくらぁ!!」

 ケルベロスが叫ぶも、さくらは悲しげな顔をケルベロスに向けた。

 リチャード・王たちは、知世、ケルベロス、ユエたちの前から煙のように消えた。



  オールド・ハワイコナさんのSS  『CCさくら〜黒衣の花嫁〜』第7話の掲載ですぅぅぅ。
  
  凄まじい強さのリチャード・王。
  さくらと小狼の運命は如何に?

  どうなる次回!!!   (((o(^。^")o)))ワクワク 

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