カードキャプチャーさくら〜黒衣の花嫁〜
第4話    【陰陽五行思想】 



【陰陽五行思想】



 闇に溶け込むかのようにひっそりとして建っている屋敷があった。
 そこは、不世出の魔術師であったクロウ・リードが最期を迎えた屋敷であった。
 今の持ち主は、クロウ・リードの生まれ変わりである柊沢エリオル、彼の持ち物である。

「いいのでしょうか。持ち主に無断で入っても・・・」

 知世の心配はもっともだったが、

「しょうがないよ、緊急事態だもん。でも、後でお話しておかなければいけないね」

 事後承諾をつけるしかないが、それでもエリオルなら、いいですよと云ってくれるとさくらは
 確信していた。

  屋敷の庭には、さくら、小狼、知世、ケルベロス、ユエ、そして小龍に芙蓉がいた。

「さくらちゃん、きょうもお似合いですわ」

 知世はビデオカメラからさくらを見ている。

「今回のコンセプトは白衣の天使、看護婦さんです」

 恥ずかしがるさくらに知世は構わず、きょうの衣装について解説をする。知世が作った衣装は、
 看護婦の制服を思い出させた。

「恥ずかしいよぉ」

「恥ずかしがってはいけませんわ。小龍君の命を救うのですから、やはりここは看護婦さんでないと
 いけませんわ」

「小龍君の命を救うのは小狼君だよ。わたしは、お手伝いだけ」

 知世の過剰反応をたしなめるかのように、さくらは少し肩を落とす。

「ですから、看護婦さんなのです。できれば、李君のも作りたかったのですが・・・」

 いったい、どのような制服をイメージしているのだろう。ものすごく残念そうな知世だった。

<やっぱり知世ちゃんって、どこか変わっているよぉぉぉ>

 さくらがちょっと泪目だったのを、知世は知らない。

「ナースキャップが可愛いですわ」

 うっとりとする知世。衣装作りのセンスを自画自賛しているようだ。

「で、なんでわいらがいなきゃならんねん」

 ケルベロスは仮の小さな姿ではなく真の姿であり、ユエも真の姿でいた。

「小狼君がいうには、敵がいるんだって。だから、守りをきちっとしておかなければならないんだって」

 知世から解放されたかったさくらは、これ幸いとばかりにケルベロスに答えた。

「李家に仇なす者がいるのか?」

 いつもの不機嫌そうな表情でユエが尋ねる。

「小狼君も敵の正体はわからないみたい。ただ、小龍君を助ける魔法が終わるまでは、敵も仕掛けてこな
 いだろうって云っていたけど・・・」

 おれたちは既に敵の罠に嵌まっているという小狼の言葉が、さくらと知世を不安にさせていた。

「小僧は、いったいどないな魔法で助けるちゅうのかな」

 その小狼は準備を終えたようだった。
 小狼が空を見上げると、星々が輝いていた。つられて、さくらも見上げる。

「うわぁ、きれいだね」

 ここは東京なのかと思えるくらい星が輝いていた。

「さくらちゃん、始まりますわ」

 小狼は、いつもとは違う一振りの剣を鞘から払った。

「小狼君、その剣は?」

「これは七星剣という」

「七星剣?」

「七星とは北斗七星のことよ、さくらちゃん」

 芙蓉がさくらの質問に答えた。

「北斗七星は死を司る星といわれているの」

「ほえ―――っ!」

「もうひとつ、北斗七星は天空に住まう龍ともいわれていますわ」

知世が補足する。

「知世ちゃん、すごい」

「そんなことありませんわ」

「ううん、すごいよ!」

 力を込めていうさくらに、知世は赤くして照れていた。

「姉上、小龍を・・・」

「ええ」

 芙蓉は小龍を祭壇の上に置いた。小龍はオムツを着けただけの裸になっている。
 首から下は黒く焼け爛れたようなその姿は痛々しかった。

「赤子相手に蠱毒とは、ひどいな」

 ぽつりと、ユエが呟く。

「それじゃ、始めるぞ」

 小狼が七星剣をかざして詠唱を奏で始めた。

「ノウ マク サン マン ノウ エイ ケイ ・・・ ノウ マク サン マン
  ボウ ラ・・・」

 目を瞑り一心不乱に詠唱を繰り返す。
 すると、呪文に応えるかのように七星剣の刀身にひとつ、またひとつと星のように輝き始めていく。

「召北斗真言か」

 ユエとケルベロスは小龍の身体を見つめた。小龍にある黒く変色した部分が少しずつ小さくなっていく。

「小僧、ホンマに強うなったなぁ」

 ケルベロスが感に堪えたような声をあげた。

「なるほど、反生反剋を駆使するつもりなのか」

 ユエも小狼が何をしようとしているのか、わかった。

「ユエさん、召北斗真言って? 反生反剋ってなんですか?」

「召北斗真言とは、北斗七星に働きかける呪文と思えば良い」

「ふうん、まるでお坊さんみたいな呪文みたいですね」

 さくらの言葉にケルベロスが思わずコケた。

「まあ、確かにな」

 さくらが駆使する魔法は、主に西洋魔術が主体だから無理もないかとケルベロスは思った。

「彼は北斗七星の魔法をもって、反生反剋をなそうとしている」

「反生反剋とは、なんでしょうか」

 今度は知世が訊ねる。

「この宇宙は木火土金水から全ては成るという思想、すなわち陰陽五行思想という。木火土金水の変化を
 相生相克と云って・・・」

「反生反剋、相生相克って。いっぱいあってわからないよぉ」

 頭を抱えるさくら。きっと頭の中は真っ白になっているに違いない。
 珍しくクスっと笑ったユエは、地面に木、火、土、金、水と字を書いた。

「木は火を生ず。火は土を生ず。土は金を生ず。金は水を生ず。水は木を生ず。これを相生という」

「なるほど。図に書かれると、よくわかりますわ」

「本当だ。順々に変化するのがよくわかる」 

 今度は、そのままの図で木と土、土と水、水と火、火と金、金と木を矢印で繋ぐ。
 星型になった。


「これは相克で、相性の悪さを表している。火は水との相性が悪いのがわかるだろう」

 さくらは、うんうんと首を立てに振った。

「以前、さくらが地[アーシー]のカードを樹[ウッド]で捕らえたことがあったやろ。あれは陰陽五行
 思想でいうところの相克、木剋土というやっちゃ」

 ケルベロスが補足した。

 木は土を剋す。木は土に勝つという意味である。他に土剋水、水剋火、火剋金、金剋木がある。

「これも複雑ではあるが、結局は一周する。『流転』という変化といえるのかもしれない。流転には時間
 が伴う」

 この宇宙がある限り、永遠に続くかと思われる時の流れ。ユエは、その図をじっと見つめていた。

「それで反生反剋とは? 李君は何をするつもりなのでしょうか」

「小僧は北斗の魔法でもって、相生相克の流れを逆転さすんや」

「ほえ?」

「時間を遡っるんや」

「ほえ―――っ!」

「でも、時間を戻すなんてできるのでしょうか。仮にできたとしても、小龍君だけが過去に戻ってしまうん
 じゃありませんか」

 小龍だけが過去に戻ってどうするのだろう、と知世は伝えたかった。

「そこが北斗の魔法のすごいところなんや。いながらにして赤子の、小龍の時間だけを遡るんや」

「でも、そんなことをしなくても、蠱毒に対抗する魔法の方が簡単ではないでしょうか」

「云いたかないけど、小龍の異常を発見するのが遅すぎたんや。死の流れに乗ってしまった。せやから、
 その流れを遡る方法しかあらへん」

「というより、身内の死亡で母親が呆然とするのを狙ったとすれば、見事な謀略だな」

 見えぬ敵は何から何まで計算済みなのだろうか。

「事ここに至っては小僧にまかせるしかあらへんわ。わいらは上手くいくことを祈ろう」

 小狼の顔から汗が吹き出していた。そして七星剣は、5つまでの星が輝いていた。
 そして七星剣の星が7つまで輝いたとき、小狼は叫んだ。

「さくら、剣[ソード]のカードだ。剣で黒いアザを切ってくれ」

 ほぼ全身にあった黒い蠱毒の痕は、今や肩の裏側に十円玉くらいになっていた。

「はい」

 力強く答えるさくら。

「星の力を秘めし鍵よ、真の姿を我の前に示せ。契約の元、さくらが命じる。封印解除[レリーズ]」

 魔法の杖を持ち、剣のカードを取り出す。

「剣[ソード]」

 剣先を小龍のアザに狙いを定めるさくら。剣をさっと振ると、小龍の肩から血が流れ出した。

「すまんが、さくらが口で悪い血を吸ってくれ。吸った血は横の皿に出せばいい」

「うん、わかった」

 さくらは小龍の肩に口を当てるため、小龍に顔を寄せる。

「小龍君、よくがんばったね」

 見ると小龍の血色が良い。さくらは小龍の肩に口を当てて、蠱毒の悪い血を吸いだした。

「そこの水で口を漱いで。間違っても飲むなよ」

 軽口が、全て上手くいったことを告げていた。

 後は小狼の指示に従い、李家秘伝の膏薬をさくらは小龍に塗った。

「これで良しっと!」

 さくらは小龍の肩を包帯した。

「小狼、ありがとう」

 小龍の命は、もう大丈夫とわかったためだろう、芙蓉は感謝の言葉を口にした。

「いいえ、姉上。まだです」

「え?」

「さくら、離れるんだ」

「ほえ?」

 訝しげに小龍を見る。

「いいから」

「う、うん」

「李君、何かをするつもりですわ」

 カメラを覗き込みながら知世は呟いた。

「何かって、なんや?」

 洞察力鋭い知世の言葉に、ケルベロスが訊いた。

「とてつもなく重大な事ですわ」

 果たして、知世の言葉は正しかった。

「姉上、このままでは小龍はまた狙われますよ」

 芙蓉は、はっとした顔になった。だがそれは、我が子がまた狙われるという意味ではなかった。

「ま、まさか、小狼、あなた・・・」

 口元が、わなわなと震えている。

「いけないわ、小狼。それだけは止めてちょうだい。わたしが愚かだった。我が子可愛さに、あなたが
 そこまで決意したなんて気が付かなかった。いえ、わたしの願いがあなたをその決意に追い込むなん
 て思わなかったの」

「もう決めました」

 小狼は、にっこりと笑った。

「お願い、さくらちゃん。小狼を止めて!! これじゃ、小狼は次期当主の座を失う事になる」

「えっ?えっ?」

 さくらには、何が何だかわからなかった。というより、芙蓉の慌てぶりと小狼の落ち着き振りが、
 あまりにも違いすぎて考えが付いていけなかった。

「我が魔力を小龍に与えん!」

 小狼は、より大きい構えで七星剣をかざす。

「バ、バカな。己で魔力を分け与えるだなんて、クロウにもできなかったことだ」

 ユエは驚愕した。

小狼の魔力の波動が大きくうねり出した。

「ノウ マク サン マン ノウ エイ ケイ ・・・ ノウ マク サン マン
   ボウ ラ・・・」

 最大級の輝きをもって七星剣は、北斗の魔法を発動する。

「貧狼星(とんろうせい)」

 小狼が北斗七星の星の名前を叫ぶと、七星剣の輝きが1つ減った。

「巨門星(こもんせい)」

 また1つ、七星剣の輝きが減る。

「禄存星(ろくぞんせい)、文曲星(もんごくせい)、康貞星(れんちょうせい)」

 星の名を呼ぶたびに、七星剣の輝きが1つ1つ減っていく。

「武曲星(むごくせい)、破軍星(はぐんせい)」

 そして、7つの輝きが全て消えた。

「小僧、ホンマにやりおった」

「だが、お陰で彼の魔力は並み以下になってしまったな」

 小狼はクロウ・リードにもできなかったことをやってのけた。

 小狼は小龍の背中を見ていたが、満足そうに頷いた。
 背中には北斗七星の形をしたアザがあったからだ。

「これで七星剣は、おまえの物だ。これよりは李姓を名乗れ」

 鞘に収めた七星剣を、小龍の傍らに置いた。

「小狼、わたしはそこまで望んでいなかったのに。この子に当主の座をとは、思ってもいなかったのに。
 ごめんなさい・・・」

 口さがない親戚もいるのだろうか。
 だが、ここまでしないことには、小龍が再び狙われることも明白であった。
 そして今度こそ命を落とすかもしれなかった。

「いいんですよ、姉上。ですが、これからが大変ですよ、小龍が」

 小狼が云わんとする事が、芙蓉にはわかった。
 なまじ力があるだけに、間違った育ち方をしたのでは、他の者たちが迷惑する事この上もない。

「ええ、しっかりと育てなくてはならないわね」

「お願いします、姉上。小龍が歪まず、真直ぐに育ててください」

 小狼は、小龍を抱きかかえて笑った。小龍も、それに答えるかのように微笑み返した。

 その様子を知世たちは、少し離れたところから見ていた。

「男の人の愛って、女の人の愛よりも大きく包むものなのかもしれませんわ」

「せややろか」

「はい。女性は自分の血肉を乳に変えて赤ちゃんに分け与えます。それは男の人には絶対にできないこと
 ですわ」

「せやな」

「確かに」

 さくらと、小龍を抱える小狼をカメラに写す知世は、これ以上はないという表情をする。

「ですが、男の人は自分の血肉を分け与えることができないからでしょうか、目に見えない愛で包むもの
 なんですね」

 さくらが覗き込んで、小龍のほっぺをツンツンと突っつく。
 首を動かしてさくらを見た小龍は、さくらにも微笑んだ。

「幸せそうなさくらちゃんを見ていると、ああ、めまいが・・・」

 良いものを写したとばかりに知世は、ふっと倒れそうになった。

「おいおい、知世。トリップしとる場合やないで」

「ああ、その通りだ」

 ケルベロスとユエは身構え、小狼は小龍を芙蓉に渡した。

「敵が来る」

 小狼の言葉に全員が身構えたその時、地鳴りがした。

 続く


  オールド・ハワイコナさんのSS  『CCさくら〜黒衣の花嫁〜』第4話の掲載ですぅぅぅ。
  小龍を助けたと思ったら・・・はうう、次の敵は強力???


  どうなる次回!!!   (((o(^。^")o)))ワクワク 

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