カードキャプチャーさくら〜黒衣の花嫁〜
第3話    【蠱毒(こどく)】 



【蠱毒(こどく)】



 小龍が泣いている。
「どうしよう。小龍君、泣き止まないよ」
 小龍を抱いていたさくらはパニックになっていた。
「さくらちゃん、小龍君を貸してくださいな」
 知世は小龍をあやしながら、子守唄を唄う。
 知世のきれいな唄声に心を落ち着けたのか、いつの間にか小龍は泣き止んでいた。
「知世ちゃん、すごい」
 さくらは真顔で感心していた。
「そんなこと、ありませんわ」
「ううん、やっぱりすごいよ」
 さくらが首を横にふるふると振った。
 しばし、ふたりで話したものの、どうしても次の話は芙蓉の事になる。
 夫たる周瑞雲死亡の知らせがエリオルから李家経由で届いてから、芙蓉は呆然自失の状態が続いている。
 小龍の世話もしないわけではないのだが、どこかおざなりの感は否めなかった。
「何とか立ち直っていただかないと・・・」
「でも、どう云って慰めればいいのかしら・・・」
 大人の芙蓉を慰めるには、さくらたちはまだ子供だったし、愛する者を失う事には芙蓉は若すぎた。
「でも、本当に立ち直ってくれないと、小龍君が困っちゃうよ」
「・・・ですわね」
 さくらと知世は、ため息をつく。もう何度ため息をついたことか。
「やっぱり、芙蓉さんを何とかしてみる」
 さくらは、小龍のためにもやってみる気になった。
 これまでは、子供の自分達が何を云っても落ち込ませるだけであろうと考えていた。
 しかし、それでは事態は変わらないし、実際に変わらなかった。
「さくらちゃん、小龍君のためにもがんばってください」
 知世に励まされて、さくらは芙蓉のいる部屋に向かった。
 トントントン。
 さくらがドアをノックする。しかし、返事は無い。
「芙蓉さん、さくらです。入ります」
 いるのはわかっていたので、カチャっとドアを鳴らして、さくらは中へと入った。
 芙蓉は、さくらが部屋に入ってきたにもかかわらず、さくらを見ようともしなかった。
 ソファーにもたれかかって、いるはずもない人を見ようとするかのように、ある空間を見ていた。
「芙蓉さん。小龍君が待っています・・・」
 芙蓉は小龍の名前を聞くとピクッと身体が震えたが、それまでだった。
「お母さんが元気ないと、小龍君が悲しみます」
「・・・・・」
 反応の無さにさくらは困ってしまった。
 どうすればよいのか。さくらは必死になって考えを巡らせていた。
「わたしが3歳の時、お母さんが亡くなりました。わたしは小さかったから、お母さんが亡くなったということがよくわかりません
でした。今思えば、お父さんが一番悲しかったんだと思います」
 さくらが自分の事を話すのは珍しい。
 家族と友達がいて幸せだったからだが、かといって母である撫子の事を忘れたわけではない。
 元気で生きているのが、撫子の望みだと思っているからだ。
「お父さんは、男手ひとつでお兄ちゃんとわたしを育ててくれました。お母さんは、喜んでいると思います。だから瑞雲さんも、
小龍君と芙蓉さんが幸せに生きる事を望んでいると思います」
 子供なるが故に、思っている事をそのままに伝えた。子供なるが故に懸命さが伝わることがある。
 上手に伝えようなんて、さくらは思わなかった。ただただ、思っている事そのままに伝われば良いと思っていた。
「ありがとう、さくらちゃん」
 初めて芙蓉はさくらを見た。
「そうよね。小龍は、まだ自分で何もできない赤ちゃんなんだから、わたしがしっかりしないといけないわね」
 さくらは、にっこりと微笑んだ。今は、芙蓉がその気になってくれたのがうれしかった。
 芙蓉とて、自分がしっかりしないといけない事はわかっていた。
 だが、それができなかった。
 さくらの父親が、自分と同じ悲しみを味わい、そしてその悲しみを乗り越えてきた事に勇気付けられた。
「小龍の所に行かなくては・・・」
 芙蓉は小龍の元へと急いだ。
「小龍」
 芙蓉が小龍と知世がいる部屋に入った。さくらも続いた。
「芙蓉さん!」
 知世の様子がおかしかった。声が、知世にしては大きすぎた。
「小龍君の様子がおかしいんです」
「え?」
 芙蓉は奪うようにして小龍を知世から受け取る。
「小龍?」
 小龍は玉のような汗をかいている。何かがおかしい。芙蓉は直感で感じ取った。
「小龍? 小龍? しっかりして?」
 必死に呼びかけるも、小龍はぐったりとしている。疑惑が確信に変わった。
 芙蓉は小龍を床に寝せると、産着を脱がした。
「なっ、何これ?!」
 さくらは叫び、知世は手で口を覆った。小龍の胸から下が黒く焼けたように変色していた。
「小狼君、来て! 小龍君が大変なの!!」
 さくらの叫び声に、小狼が駆けつけてきた。
「どうした、さくら?」
「小龍君が、小龍君が・・・」
 小狼は小龍の身体をじっと見た。
「蠱毒か」
「蠱毒って?」
「呪術の一種で、蓋をした甕の中に蛇とか虫とか入れて共食いをさせるんだ。そして最後に生き残った物を相手に向けて放って
相手を呪い殺す」
「ひどい!」
 珍しくさくらは怒っていた。そして芙蓉は気が動転していた。
「小龍、ごめんなさい。わたしがもっとしっかりしていれば・・・。この上、あなたまで失ってしまったら・・・」
「小狼君、どうにかなりませんの?」
 知世も、どうにか口を訊ける様になったが、蠱毒などというものがこの世にあるとは、どこか信じられないようだった。
 魔法の類などは、使い方ひとつで便利なものと思い込んでいた。
 が、話を聞くと、蠱毒は相手を呪い殺すだけの術にしか聞こえなかった。
「小狼君、何か方法はないの?」
 さくらも云った。
「助ける方法は、ひとつある。しかし、敵の狙いが読めない」
「敵?」
「赤ん坊とはいえ、李家所縁(ゆかり)の者を狙ったんだ。敵に決まっている。だけど、赤ん坊を狙って何の得がある? 
小龍は戦力として計算できない。だとすると、小龍を狙ったのは陽動ということになる」
 小狼は自分の推測を語ったが、
「そんな事よりも、小龍君を救う方法があるのならそれをしてあげて」
「どうしても、小龍を助けたいのか?」
「当たり前だよ」
 間髪いれずに答えたさくらに、小狼はにっこりと笑った。
「わたしは、これ以上悲しむ人を見るのは絶対にやだ!」
 さくらは叫んだ。
「姉上、小龍を」
 小狼は芙蓉から小龍を受け取ると、じっと小龍の顔を見た。
「大丈夫です。小龍は助かります」
「本当?」
 芙蓉は縋るような顔で小狼を見る。
「はい。小龍は己の魔力でもって蠱毒の進行を遅らせているんです。並の魔力なら、とっくに死んでいます。小龍の魔力は、
おれなんか遥かに及ばないものです」
 赤ん坊であるにもかかわらず、既に魔力を行使する小龍の才は、まさしく天賦の才といえた。
 小龍を揺りかごに寝かせる。その揺りかごの周りに4つの護符を貼った。
「東に青龍、西に白虎、南に朱雀、北に玄武。臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行」
 小狼は九字を唱えながら空に縦に四線、横に五線を書く。線を書いてできた升目を、籠目という。小狼が空に書いた籠目と
 同じ物が床に現れた。床の籠目の線は光っていた。
「結界を張りました。これで、少しは小龍の助けになります」
 小狼は芙蓉に云い、次いでさくらに云った。
「さくら。ユエとケルベロスを呼んでほしい」
「え? ユエさんとケロちゃんを?」
 なぜ?という顔で訊いた。
「おれたちは既に敵の罠にがっちりと嵌まってるんだ。だから、考えられる限りの手は打っておかないとならない」
「うん、わかったわ」
「場所はクロウ・リードの屋敷。今夜、そこで小龍を助けるための魔法を行う。あそこはクロウの魔力がまだ残っているだろうから、大いに助けになる」
 魔力が残っていうというよりは、クロウの魔力が未だ漂っているというのが正解らしい。
 あの屋敷でクロウは数々の魔術を駆使したであろう。その影響が助けになるという。
 さくらは、ケルベロスに頼むために家へと戻っていった。
「小龍君、夜までの辛抱ですわ。がんばってくださいね」
 知世が小龍に呟きつつも、敵とはいったい何者なのか、不安に思っていた。



 続く



  オールド・ハワイコナさんのSS  『CCさくら〜黒衣の花嫁〜』第3話の掲載ですぅぅぅ。
  敵の攻撃がさくら達の身近に迫り、物語も核心に向けて動き出したようです。


  どうなる次回!!!   (((o(^。^")o)))ワクワク 

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