カードキャプチャーさくら〜黒衣の花嫁〜 |
第2話 【李芙蓉かく語りき】 |
【李芙蓉かく語りき】
友枝町にある公園は、子供たちの遊び声が響き渡っていた。
きょうは日曜日であるためか、何人かの親子連れの姿も見える。
「奈留ぅ、前を見て走らないと危ないわよ」
「母様、平気だよぉ」
奈留と呼ばれた女の子は、母親の言葉など聞かない。
「奈留ったら。あなたからも云ってください」
「子供は、あれくらいがちょうど良いんだよ」
「もう、あなたまで・・・」
母親は首を振りながら、どこか呆れた口調で云った。
女の子の足がはたと止まった。視線の先には、1人の男が木の下にしゃがんでいた。
「何しているのかな」
女の子は男の仕草をじっと見る。どこかその男の周りだけが別の世界のように思われた。
夏にもかかわらず、男はコートを羽織っていた。
女の子は、食い入るように見ていた。
<何だか怖い!>
目を逸らそうと思ってもできない。
男の足元で、2匹の虫が蠢いていた。その虫は2匹とも黒くて毒々しく、戦っていた。
決着が着いたようだ。
男は、勝ち残った方の虫をひょいと摘んでビンに入れ蓋をした。そしてビンをコートのポケットに入れた。
男は満足そうににやりと笑った。
その姿を見た女の子は、背中に悪寒が走った。
瘴気に当てられた女の子は、その夜高熱を発した。
小狼のマンションに、女の子たちの声が響く。
「赤ちゃんって、なぜこんなにも可愛いんだろう」
赤子を抱いた小狼の姉である芙蓉の周りではしゃいでいる、さくら、知世、利佳、千春、奈緒子の面々。
部屋の端で小狼と山崎貴史は所在なげにみんなを見ていた。もう紅茶は冷えていた。
「抱いてみる?」
芙蓉は女の子たちに云ったが、二の足を踏む女の子たち。
別に抱きたくないわけではない。赤子を軽い気持ちで抱き上げる気にはならなかったから。
つい先ほどまで、子育ての苦労話を聞いていたので、おいそれと抱き上げる気にならなかった。
夜泣き、オシメの洗濯などなど、どれもこれも生々しい体験談だった。
「わたし、抱いてみる・・・」
それでも利佳が云ったのは、この中で年上の男と交際していたからなのかもしれなかった。
「そんなに深刻に考えるほどのことでもないわよ」
オドオドした手つきで差し出した利佳に芙蓉は微笑んだ。小龍を手渡された利佳は、ぎこちない手つきであやし始める。
「小龍君って、結構重いんですね」
覗き込んでいた顔を上げ、利佳は芙蓉に云った。
利佳の顔は、真剣そのものだった。
「そうよ。それが命の重さだもの」
芙蓉の言葉に女の子たちは、しんとなった。
「赤ちゃんはね、最初は、泣く、笑うしかできないの。この2つで全てを伝えなければならない。
お腹が空いたといっては泣く。オシメを取り替えてほしいといっては泣く。お腹がいっぱいになったら、ありがとうって笑う。
母親は、この2つで赤ちゃんが何を云たいのかを知らなければならないの」
全員、芙蓉に聞き入っている。
「だってね、赤ちゃんにとっては切実な問題よね」
全員納得顔になった。切実どころか、赤子にとっては生き死にの問題である。空腹のままでは死んでしまうからだ。
「はあ、わたしも赤ちゃんほしいなぁ」
うっとりとした顔で利佳が云った。
「そうですわね。赤ちゃんを産むのは、女の子の夢ですわ」
知世が利佳の言葉を肯定するように云った。今度は女の子たちの顔がうっとりとなった。
「ねえねえ、知ってる? 赤ちゃんというのはね・・・」
余韻に浸っている女の子たちの気持ちをぶち壊すかのように、山崎が千春の後ろから顔を出したが、全員にじろっと睨まれた。
「うっ」
いつものようないい加減な事を云うと、袋叩きにされそうな雰囲気があった。
「赤ちゃんはコウノトリが運んで来ると云うけど、本当は違うんだよ。可愛い女の子の天使が運んでくれるんだ」
なぜか山崎が云うと、嘘も本当に聞こえるから不思議だ。
「本当に? コウノトリじゃないの?」
いつもなら冗談だと思う利佳が、この時ばかりはうっかり受け答えをしたのが運のつきだった。
「ううん、天使なんだよ。でもね・・・」
「でも?」
女の子たちの声がハモった。
「時にヤクザなコウノトリが頼みもしないのに赤ちゃんを運んできて、それはそれは酷い目にあって・・・」
女の子たちの殺気が上がった。女の子の夢を壊すように聞こえたからだ。
「山崎――――っ!!」
小狼が叫んで、山崎の襟首を掴んで引っ張ろうとした。このままだと山崎は女の子たちに袋叩きにされかねない。
だが、窮地の山崎を救ったのは意外にも芙蓉だった。
「あら、よく知っているわね」
「ほえ?」
さくらが目をむいて芙蓉を振り返った。
「愛し合う夫婦に赤ちゃんをくださるのは神様。だから神様のお使いである天使が赤ちゃんを運んでくれるの」
「じゃあコウノトリは?」
「天使から無理やり赤ちゃんを奪って、配達先を間違えるのよね」
「ほえ――――っ!!」
さくらが叫んだ。
「いい? みんな、よく聞いてね」
芙蓉が真剣な眼差しになって云った。その真剣な眼差しをひとりひとりに向けた。
「赤ちゃんが生まれたら、次は育てなければならないの。子育ては大変なのよ。失敗したからといって、やり直しはできない・・・」
全員頷く。
「どう育っていくかなんて、親にもわからないわ。それでも親は責任を背負っていかなければならないの」
声ひとつもない。
「だから、わたしはみんなには責任の取れる大人になってほしいの。利佳ちゃん」
名前を呼ばれて、利佳はビクンとした。
「は、はい」
声が裏返った。
「赤ちゃんは、大人になってからにしてね」
「はい」
声からすると、利佳は芙蓉の云わんとするところをわかったようだ。
「それにね、お産は命懸けの行為なのよ」
「?」
「医学が発達した今でこそそれほどでもないけれど、昔はお産で母体が死亡する事もあったのよ」
女の子たちの喉がゴクッと鳴った。
「そんな難しい顔にならないで。今はそれほどでもないんだから」
芙蓉は慌てて手を振った。
「日本の神話で、火焔の神様カグツチノカミが生まれた時、母親のイザナミノミコトが火傷で死んでしまった話があるけど、
これはお産の時の感染症を表しているという説があるくらいなんだから」
「それくらい、お産は命懸けという事なんですね」
知世が後を引き取った。
「女性は自分の血肉を子供に分け与えて育てるのよ。それに比べたら、男の人は最初にちょこっと手伝うくらい・・・」
女の子たちの顔が真っ赤になった。
「あらら。ちょっと云い過ぎたみたいね」
この手の話は、まだ少し早かったかと、芙蓉は苦笑した。
「小龍が生まれる時、陣痛の長かった事・・・」
「どれくらい長かったのですか」
「ええっと確か・・・。14時間くらいだったわ」
「14時間?!!」
そんなに長いのかと全員驚きの顔。14時間といえば、時計の短針が1周を越えている。
「事例では、16時間なんていうのも珍しくないそうよ」
「そんな長い痛みに耐えられるんでしょうか」
千春の言葉に芙蓉は微笑みながら云う。
「大丈夫よ。神様は、ちゃんと耐えられるように女の人を創っているの。でも体力はいるわね。見たところ・・・」
芙蓉は再びみんなを見渡した。
「陣痛に耐えられるだけの体力をもっている女の子は、いないわね」
芙蓉は笑った。
好きな男性の子供を持ちたいというのは、年頃だから仕方が無いのかもしれない。
しかしその事を乙女チックな夢で見ている事が、芙蓉にしてみると危なくてしょうがない。
極論だが、子育ては自分の全ての時間を犠牲にしなければならないのだ。
「芙蓉さんは子育ての経験があるんですか。何かそんな感じがするんですけど」
利佳の質問に芙蓉は思い出し笑いをした。
「小狼のお守はさせられたわ。それだけじゃなく、小狼は悪ガキでねえ」
「ほえ?」
「姉上、その話はいいじゃないですか」
慌てて小狼が割り込むも、女の子たちの顔は続きが聞きたいと云っていた。
「よく、ご近所の物を壊しては、わたしが謝りに行ったものよ。母親じゃないのに、なぜって思いながらね」
はあ、とわざとらしく芙蓉はため息を吐いた。
その時の様子を頭に思い描いたのか、女の子たちから忍び笑いが漏れる。
その時、電話が鳴った。
「はい、小狼です。姉上ですか? はい、います。代わります」
相手は李家の者らしかった。
「姉上。母上からです」
受話器を芙蓉に渡す。
「はい、代わりました。芙蓉です」
利佳が小龍を床に置いた。
「小龍君、こっちでちゅよ」
奈緒子が小龍に声をかけたら、小龍は這って奈緒子の所に行こうとする。
「そ、そんな! 瑞雲が亡くなったなんて!!」
受話器はゴツンと音を立てて、芙蓉の手から落ちていた。
コードが伸びた受話器はぶら下がり、くるくると回っていた。
続く
オールド・ハワイコナさんの新作SS 『CCさくら〜黒衣の花嫁〜』早くも第2話の掲載ですぅぅぅ。
(・_・)......ン? 冒頭に登場する女の子の名前・・・奈留?
もしやこの少女の家族は? ヽ(´▽`)/へへっ <きっとはわいこなさんならではのお遊び要素ですね。
次回もわくわくですぅぅぅ。
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