カードキャプチャーさくら〜黒衣の花嫁〜 |
第1話 プロローグ |
【始まり】
日本より遥か西方にあるイギリスはロンドン。
そのロンドン市を流れているテームズ川の畔でひとりの男が遺体となって上がった。
「顔つきからすると東洋系だな。日本人?それとも中国人?」
スコットランドヤードのジェームス警部は該者の顔を見て云った。
「警部、背広の内ポケットにパスポートが入っていました。名前はボビー・・・後は汚れていて読めません」
部下の刑事がパスポートをかざしながら云った。
「発行元は、どこだ?」
「香港です」
「じゃ、手掛かりはあるな。ビリー、調べに行って来い」
「わかりました」
ビリーと云われた若い男が、ポケットにパスポートを入れて、足早に離れた。
「警部、遺体は鑑識に回しますか?」
「ああ、そうしてくれ」
ジェームス警部は、警官達に指示を下すと、再度遺体の顔を覗いて見た。
「警部、どうしましたか?」
遺体を回収しようとした警官達の手が止まった。
「変だな」
「はあ?」
「この表情は何だ?」
云われて傍に居た警官も顔を覗いた。
「まるで、恐怖に殺されたような顔ですね」
警官は感じたままの事を云った。
「うむ。その第一印象は大切だ」
長年、現場で働いてきた経験から、第一印象とか勘というものが意外に馬鹿にならない事を、このベテランの警部は知っていた。
もちろん捜査によって勘を裏づけねばならない。が、とっかかりとしての勘もまた重要な事もあるのだ。
「まさか、モンスターの類なんかじゃないでしょうね」
警官のジョークだったのだが、なぜかジェームス警部は笑い飛ばすことはしなかった。
ジェームス警部は腕を組んでオフィスで今後の捜査の方針を考えていたところに、ビリーが帰ってきた。
「警部。該者の身元が割れました。周瑞雲、25歳。やはり香港出身でした。風月堂という会社で働いていました」
メモ帳を読みながら、ビリーは報告する。ジェームス警部は腕を組んだまま目を瞑り黙って聞いていた。
「ボビーとは、周瑞雲の英語名ですね。香港から出張でロンドンに来ていたそうです」
香港は、数年前までイギリス領だったため、英語名も持っている香港人は多かった。
「風月堂は、貿易商を営んでます。彼には妻子もおりまして、妻は李芙蓉23歳。子供は周小龍、生まれて間もないようですが・・・」
ビリーの声に、怪訝なものをジェームス警部は感じた。ジェームス警部は目を開けてビリーの方を見る。
「妻の方の李一族は、道士の家系だそうです」
「道士?」
「はい」
「なんだ、それは?」
ジェームス警部は有能な上司であったが、その彼が知らない事を自分があたかも先生のように教えるのが楽しくてたまらないみた
いな感じで、ビリーは説明する。
「まあ、簡単に云って、道士とは魔術師です」
「魔術師? 手品の類の?」
「いえ、魔法使いの魔術師です」
「魔法使いねえ・・・」
ジェームス警部は長年の勘で、容易ならざるというより、我々の手には負えない領域に真実がありそうな予感がしていた。
もっとも半分は、そんな馬鹿なことと思っていたが。
その時、ノックの音がした。
「警部。鑑識からのレポートです」
ビリーが報告書を受け取って、ジェームス警部に手渡す。
「うむ」
レポートを読んでいくジェームス警部の顔が、段々と不審なものに変わっていくのをビリーは見た。
「ふう・・・。信じられんな・・・・」
「検死結果が出たんですね。どういう結果だったんですか」
答える代わりに、ジェームス警部はビリーの前にレポートを投げるように出した。ビリーもレポートを読んでいくうちに驚きの表情に
なっていった。
「なっ。信じられるか? 該者の身体には、一滴の血も無かっただなんて、いったいどういう殺され方をしたんだか・・・」
額に手を当てて、ジェームス警部は云った。
「尚、該者の身体には7つの傷跡が認められる、ですか。この傷跡って・・・」
ビリーは、レポートに添付されていた写真の中の1枚を見ながら言葉を続けた。
「北斗七星の形に似ていますね」
「北斗七星って、確か東洋の星だな。今度は北斗七星か。手がかりは、ここロンドン・シティになく、香港にあるとでも云うのかい」
得体の知れないものに道を塞がれているような気がして、不愉快だった。が、そんなジェームス警部の気持ちを知ってか知らずして
か、ビリーは続けた。
「北斗七星とは、天にあるドラゴンを表しているそうです」
「ドラゴンって悪い奴だよな」
ジェームス警部は、うんざりした顔で答える。香港出身者に魔法使い、はては北斗七星にドラゴンである。
「それが東洋では違うんですよ。必ずしも悪い生き物ではないんです」
「ふうん」
「人間に害を与える事もありますが、時として願い事を叶えてくれる事もあるんです」
「しっぽを掴まれた悪魔だって、願い事を聞いてくれるぞ」
「それは個人ですよ。ドラゴンは雨乞いとか、大勢の希望を叶えてくれる。主に雨、雷とか自然現象を具現化した想像上の生き物なん
ですよ。人の力など及びもつかない存在。だからか、龍はあの国の皇帝の象徴でもあるんです」
「お前、妙に詳しいな」
「いや〜。カレッジで、東洋学を専攻していた同級生に無理やり話を聞かされた事があるんです。それで覚えているんですね」
ちょっと胸を張ったビリーの態度に、ジェームス警部は面白くなかった。
「なるほどねえ」
ジェームス警部の思いもよそに、ビリーは続けた。
「そういえば、李一族は、一族を守ってくれる神獣として龍を祭るとかいってました」
「龍の一族なのか。じゃあ、ここロンドンの龍の一族に該者は殺されたのかもしれないなぁ」
云い方が、どこか焼けっぱちだった。しかし、事は当たっていたのである。
空港行きのバスを待つエリオルと歌帆。バス停には、その他にさくらと小狼がいる。
「観月先生、もう帰っちゃうんですね」
「今回は里帰りだから。でも、お父さん、ビックリしていたわ」
歌帆はクスクスと笑った。歌帆はエリオルを両親に紹介したのだが、エリオルを見た両親は驚いた。
驚くなという方が無理であろう、身の丈は子供くらいしかなかったのだから。でも、月峰神社の神主をするだけあって、
歌帆の父はエリオルがただ者でないことを見抜いた。
「まあ、いいだろう」という言葉はもらえたので、歌帆は胸を撫で下ろしたのだった。
「エリオル君との、お付き合いを認められて良かったですね」
「ええ、本当に・・・」
さくらの言葉に歌帆はにっこりと微笑んだ。
「で、さくらちゃんの方はどうなの? 小狼君とデートくらいはした?」
さくらの顔が、見る見るうちに赤くなっていく。
沸点に到達したさくらの顔からプシューという音が歌帆には聞こえた気がした。
さくらも、恋もしよう愛も語ろうというお年頃であった。
「えっ、ええっと、この間、一緒に遊園地に行きました。で、わたし、お化け屋敷で小狼君に抱きついちゃったんです」
訊きもしない事まで、さくらはしゃべってくれるので歌帆はキョトンとした顔になった。
「だって、お化け怖かったんだもん」
どこか言い訳がましい。
「うふふ。それだけ小狼君が頼れる男の子というわけね」
さくらには、歌帆の微笑がまぶしく見えた。
その少し離れた横では、エリオルと小狼が話していた。
「あ、あのう・・・」
「はい、何ですか?」
柊沢エリオル。前世はクロウ・リードといい、魔法使いとしても李一族の人間としても小狼の先輩格である。
そのためか、エリオルとして生まれ変わって小狼と同じ年なのだが、目上の人に対する話し方になっても仕方がなかった。
「ロンドンで、周瑞雲という者が訪ねてきませんでしたか」
「いいえ、来ませんでした。その周瑞雲という人は誰でしょうか」
「お、おれの一番上の姉上の夫です。おかしいな、必ず訪ねるように云ったんだけど・・・」
最後の方は、つぶやきだった。
「周瑞雲さんは何をしていたのですか」
「ロンドンに住む知り合いが、龍脈がおかしいという話があったので義兄上が派遣されたんです」
「ロンドンに龍脈が?」
「はい」
エリオルの目が、すっと薄くなった。
「イギリスにも龍の話がないわけではありませんが・・・」
イギリスに限らず西洋で龍、すなわちドラゴンの位置づけは悪役である。
「そういえば、李家を守護する物として龍を祭っていましたね。その李家の一員がロンドンで龍脈を調べていた?」
何かを考えるように、エリオルは腕を組み、小狼は思索を邪魔してはいけないと思い、黙っていた。
「あなたは、李家に伝わる龍の話を知っていますか」
小狼は首を横に振った。
「そうかもしれませんね、おとぎ話に近い話ですし。わたしもクロウ・リードの頃に偶然聞きかじった話ですから」
エリオルは小狼に、その伝承を話して聞かせた。
古に、彼の地で北斗の座をめぐり、覇を争う2匹の龍あり。
その龍、緑龍と黒龍なり。
黒龍破れ、彼の地を西に去れり。
緑龍、彼の地を久しく治めん。
「黒龍が西に去ったんですか」
小狼は何かを考えるような目になった。
「その緑龍の末裔を李家の始祖は称したそうです」
「まさか」
小狼は笑った。まあ、昔のことだから、そうアピールすることで自分を大きく見せるということもあっただろう。
「ええ。でも、本当かもしれませんよ。少なくても、李家の始祖が龍神系の呪術を駆使したのは間違いないようです」
小狼が笑った理由を察したエリオルも笑った。
「龍といえば、義兄上は各国の龍について調べていました。特に、シルクロードに於ける龍の神話にすごく興味を持っていました。
だから今回、義兄上に白羽の矢が立ったのかもしれません」
「シルクロードに於ける龍・・・ですか」
「姿形に多少の違いはあれども、龍という物は各国にあります。でも、西に行けば行くほど龍という物は悪くなっていく。
西に行くほど姿も禍々しいものになっていくらしいんです」
ヨーロッパに於けるドラゴンは中国の龍と違って、胴がふっくらとしている。コウモリのような翼があり、眼も爬虫類のそれをしている
ようだ。
「メソポタミアあたりのヒッタイト神話に出てくるイルヤンカシュ(Illuyankas)は、ドラゴンの原型になったという説がありますね」
「云い伝えの黒龍が西に流れていったとか?」
「なるほど、それは面白い見解です」
小狼は冗談めかして云ったが、エリオルは顎に手を当て2、3回頷いた。
エリオルと小狼がまだ話そうとしていたら、歌帆の声が横に入って割った。
「エリオル、バスが来たわ」
見ると、小さなバスが段々と大きくなって来る。
「とにかく周瑞雲さんの事は、わたしも調べてみます。行き違いになったのかもしれませんしね」
「お願いします」
止まったバスが、プシューとドアが開く。
「これを、あなたに渡しておきましょう」
エリオルは小さな鍵と1枚のカードを小狼の手に置いた。カードの表はクロウ・リードの魔法陣が描かれていたが、裏は真っ白だった。
「おまじないと思ってください」
「はあ、ありがとうございます」
小狼は、怪訝な顔になりつつも、それを受け取った。
「じゃ、さくらちゃん。お元気でね」
「観月先生も」
手を振るさくらの姿が小さくなっていく。
やがて見えなくなった時、歌帆はシートに座って、エリオルに話しかけた。
「小狼君に、あれを渡したの?」
頷くエリオルに歌帆は続けた。
「エリオルがいくら魔法を込めても、小狼君の魔力の源は月の力。あのままじゃ使えないわ」
「あれが無用の長物になってくれたら、これほど良い事はないのだが」
エリオルと歌帆は、さくらたちの前途に暗雲が立ち込めるのを知っていたのだろうか。
歌帆は後ろを振り返った。まだ、自分たちを見送っているであろうさくらたちの上空には暗い雲があった。
続く
オールド・ハワイコナさんの新作SS 『CCさくら〜黒衣の花嫁〜』連載開始ですぅぅぅ。
まずはプロローグ。
これからどんな展開になるのか楽しみですぅぅぅ。
続き 第2話へ |
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