愛&美雪 越中路の旅


3:さすらいのミュージシャン、吉田 八十一



 高熊と岩魚釣りをした翌日、愛と美雪の2人は五箇山を去り、富山市へ向かうこととなった。

 2人はまず高岡行きのバスに乗り込み、高岡に向かった。

 当初の予定ではそこから北陸本線に乗り込み、富山に向かう筈だった。



 しかしそこで思わぬハプニングが起きたのである。

 この日は季節外れの大雪だった(実際日本海側では、3月のお彼岸頃寒波が来て大雪になることがある)。

 その影響で北陸本線の富山、高岡間のある踏み切りで車と列車が衝突するという事故が起こり、列車が不通になって

 しまったのである。

 どうやらその車がノーマルタイヤのままで走行し、雪と寒さで凍った踏み切りで止まれず、踏み切りを突き破って走って

 きた列車に突っ込んだらしい。



 美雪は「緑の窓口」で駅員に聞いてみた。

「どれくらい経ったら列車が動き始めますか?」

 駅員は渋い表情で言った。

「ウーン、何時かは分からんなあ。何せダイヤが乱れちまっとるで。」


 
 2人はとりあえず、高岡市内の観光名所を見て回り、昼食を食べるなどして列車が動き出すのを待つことにした。


 
 高岡古城公園、高岡大仏などを見て回り、2人は市内のある喫茶店に入った。

 そこは音楽喫茶らしく、店内にはあらゆるミュージシャンのポスターが貼られ、ピアノ、ドラムなどの楽器も置かれていた。


 2人はカウンターに座り、少し早い昼食にすることにした。

「参ったね愛、こんな時期にこのお大雪だもんね。」

 美雪は紅茶を飲みながらこうこぼした。愛は呑気に降り続ける雪を見てうっとりしている。

「奇麗・・・・。」

 美雪は愛の呑気さに呆れ、

「あーあ、愛はいいよなあ。こんな時でものんびり構えてられるんだから・・・・。」

 とと愚痴をこぼした。



 お店のマスターが2人が注文した料理を持て来て話しかけた。

「お客さんら、どちらからこられたのかな?何東京?・・・・そうけ。そりゃ大変やなぁ。」


 
 愛、美雪はマスターと会話を始めた。そうしているうちに、奥の方から50過ぎくらいの男女が出てきた。

「お、やそいっつあん、起きたけ。随分寝とったなあ、ハハハ!」

 マスターは男に声をかける。男は眠そうな声でこういった。

「あ、マスター、ついつい飲み過ぎて疲れも出てもうたようやで、えろうすんまへん。ハハハ・・・」

 その隣にいた女性が男を叱りつける。

「そうやあんさん、あんなに飲んだらつぶれるに決まっとるがな!マスター、迷惑おかけしてえろうすんませんなあ。」

 どうやら2人は夫婦のようだ。2人とも関西弁で話している所を見ると、どうやら関西から来ているらしい。


 2人はカウンターの愛、美雪達よりちょっと離れた所に座った。

「やそいっつあん、お昼食べていくけ?」

「ほいならそうさせてもらいますわ。じゃあランチセットで・・。」


 その関西弁の夫妻はマスターと楽しそうに話している。美雪と愛は黙ってそれを聞いていた。

 男が美雪と愛を繁々見ながら話し掛けてきた。

「お宅さんら、どちらからお見えになったん?」

 愛は人見知りしたようにしている。美雪が男に答えた。

「まあ、東京から・・・・。」

「そうか、東京か。わしらもツアーでよく行くで。」

 愛と美雪はそれを聞いて少しビックリしたように、

「ツアー、ですか?」

 といった。



 マスターがこの関西弁の2人を紹介する。

「お客さん、この大将はな、関西から来たミュージシャンや。名前を吉田 八十一(よしだ やそいち)ていうんやで。

 その脇の方が奥さんでマネージャーの吉田 啓子さん。これ見てみられ。」

 マスターは1枚の宣伝チラシを愛と美雪に見せた。それは昨日行われた八十一のライブの宣伝チラシである。


 
 それによるとこの八十一という人物、どうやら関西に根を張る弾き語りのギタリストらしい。ブルースとフォークをルーツと

 した独自の音楽を作り上げ、全国を旅しているらしい。マスターの話によるとこの八十一、昨夜この店でライブを行い、

 その後同店で客達と打ち上げをやったのだが、ついつい飲み過ぎて酔いつぶれてしまい、マスターの好意で仕方なく

 店に泊めてもらっていたらしい。

 (この人物、私のお知り合いのプロのミュージシャン、吉野 五十一さんをモデルにしてます。尚この作品、この人物の
 
 ことは御本人には報告済です。  H.Saitou)


 マスターがこういった。

「そういやあ、お2人さんこれから富山に行くのやろ?やそいっつあんも今日富山でライブやったな?」

 八十一は、

「そや。今日は富山や。そや、お2人さん、列車が踏み切り事故でとまっとるゆうたな、どや、ワシらが車に乗せていてや

ろか?」

 と愛と美雪に持ち掛けてきた。

 愛と美雪は遠慮している様子である。

「でも・・・。」

 マスターは大きな声で笑い、愛と美雪の2人に言った。

「なーに、このお2人は悪い人やないで、安心するこっちゃ。どうせ列車も当分は駄目やろうし、ええんやないけ?」

 愛と美雪はまだ素直になれなそうだったが、このまま列車の動くのを待つよりは、とそれに同意し、八十一夫妻の車に

 乗せてもらうことにした。



「しかしスタッドレスはいてきてよかったなあ。」

 降りしきる雪の中、八十一は車を走らせる。啓子は、

「ハハハ、何時だかノーマルタイヤのまま旅に出てえらい思いしたさかいなぁ。」

 と笑っている。この2人、本当に気さくな人物である。プロだから、と気取った所も全然ない。

「いい人そうだね・・・。」

 愛、美雪は2人ともそう心の中で呟いた。


 八十一は愛と美雪を、今夜2人が泊まる予定のビジネスホテルの前で降ろした。

「有り難う御座いました。」

 愛は八十一夫妻に礼を言った。

 美雪が八十一に尋ねる。

「今夜はどちらでライブなんですか?」

「ああ、市内の『ウッドランド』て所や。チケットは当日だけで¥2000やで、よかったら見に来てな。歓迎するで。」

 八十一夫妻は愛と美雪と別れ、どこかに車を走らせた。


「助かったね。」

 と、美雪。愛が美雪に聞いた。

「ねえ美雪ちゃん、今日あの人達のライブ行く?」

「ああ、お世話になったし、行ってみようよ。」


 2人はホテルに荷物を預け、それから夕方まで富山市内の外れにある「呉羽山公園」に行った。

 2人はその中の「民族民芸村」にある様々な博物館を巡り、富山の歴史、文化などの資料を見て回った。

 夜になってから2人は簡単に夕食を済ませ、昼間出会ったミュージシャン、吉田 八十一のライブを見に行こうと街に出

 た。


 富山市内のライブハウス、「ウッドランド」。もう人が随分集まっている。かなり年季の入った造りの店である。

 今日は八十一のライブである為、おとなしそうな客が多い。

 (このライブハウスは私のフィクションです。実在しているわけではありませんので・・)。

 愛と美雪はまずフロントでチケットを買い、中に入った。ちなみにこの日はチャージなので当日券のみである。

 見ると八十一がマネージャーである夫人、啓子と一緒に一番奥のベンチに座り、ウイスキーを飲んでいた。


「今晩は。」

 愛、美雪の2人は八十一に挨拶した。

 八十一は適度にアルコールが入り、頬を少し赤らめている。

「おお、来てくれたんか。嬉しいで・・。」

 酒臭い顔で答える八十一とは裏腹に、啓子は、

「今晩は。わざわざ来て下さって有り難うございます。」

 と丁寧に2人を迎える。啓子は、

「済まんなあ、うちの人は本当、酒が好きな人やで・・・。」

 と愛と美雪に苦笑いをしながら言い、その後八十一の方に向き帰り、

「あんさん、今夜も酔いつぶれたかて、うち知らんで!」

 と片手の肘で八十一を突つく。八十一は、

「うるさいわい!ライブハウスで飲む酒は最高なんじゃい!」

 とグラスを片手にクダを撒く。愛と美雪はそれを見て笑っている。

 愛と美雪は、八十一夫妻の隣に座った。


 
 開演時間までまだ少し時間がある。ステージにはまだ誰もいない。

 ステージを見ると、八十一のギターが3本ほど並べられている。

 愛が八十一に聞いた。

「八十一さん、何でギター3本もあるんですか?」

 八十一は答える。

「まあわしは曲によって変則チューニングを使うんやが、おまえさんらには言うてもよく分からんかも知れん・・。
 
 まあ、見とってくれれば分かる。」

 愛はまだその疑問が解決されない様子であるが、美雪は愛よりはギターのことが分かるらしく、

「八十一さん、3本とも相当いいギターですね。」

 と尋ねる。八十一は上機嫌そうにこう答えた。

「そや。右からマーチィン、ギブソンのフォークギター、後あの金属で出来とるギターを見てみい。あれは『ドブロギター』言

 うんや。」

 確かにその中には、八十一の言うように金属で出来たギターがある。

 愛も、美雪もこのようなギターは見るのは初めてである。

「凄いですね。みんな高そう・・・。」

 美雪は呟く。

 彼女は高校時代、部活の友達の中の1人にギターに詳しい人物がいた為、若干であるがギターのことは知っている。

 しかし彼女はこの八十一のギターには相当ビックリしているらしい。

 それには啓子が答える。

「そや。ギターの値段全部で100万円越えるん。昔部屋の掃除の時、うちがあん中の一本をバタン、と倒してしもうて、

 エライ喧嘩になってしもうたこともありますのや。」

 愛と美雪はそれを聞いて笑った。八十一も照れ笑いしている。

「ハハハ!そんなこともあったなあ!『お前!ワシのギターに何しよるんや!』、なんてなぁ・・・。」


 いい雰囲気になったが、いよいよ開演時間である。スタッフの1人が八十一の所に来て、

「八十一さん、そろそろ宜しくお願いします。」

 と促した。



 まず店のマスターがマイクを持ってステージに現れた。

「皆さん、この季節外れの大雪の中、ご来店頂きまして誠に有り難う御座います。

 本日は大坂在住のブルースギタリスト、吉田八十一さんをお迎えしました。八十一さん、どうぞ。」

 客席から拍手が起こると、八十一がその一番奥からゆっくりと出てきた。


 八十一はステージに上がり、まず金属製のギターを手に取り、チューニングを確認した。

 そして同時に、

「お近くの方、お先に御焼香ください。それ以外の方は、後程御焼香ください・・・。」

 とマイクに向かって呟いた。愛と美雪は一瞬ギョッ、として顔を見合わせる。

 啓子が2人をなだめるように言った。

「まあうちの人は冗談が好きやさかい、気にせんといて下さい・・・。ハハハ・・・。」


 八十一は左手の小指に、何やら全長10p弱ほどの金属パイプをはめ、それを弦の上で滑らせてギターを弾き、唄い始

 めた。

 すると辺りはズシーッ、という重さと、叙情的かつ開放的な雰囲気に包まれた。

 客席の人々はその雰囲気に酔いしれながら、じっくりと八十一の唄、ギター、曲を聴いた。


 
 愛、美雪は2人とも驚いている。

「凄い、こういう音楽は聴いたことないけれど、心の中に凄く素直に入り込んでくる・・・。」

「全然知らない曲なのに、何かが伝わってくるような気がする・・。」

 この日初めて八十一の音楽に出会った愛と美雪。そんな2人でも何か強力なインパクトを感じている。

 この八十一の音楽は純粋なブルースというよりも、ブルースとフォークソングをルーツとした独自のものである。

 しかし彼の音楽は、商品のように売る為だけのものでも、他人と争う為のものでもない、本物の音楽なのである。

 だからこうしてして聞き手に自分の情念を伝え、感動させることが出来るのだ。

 詩も日常的ながらバラエティに飛んでおり、旅の唄、死んだ母親の唄、女性の唄、酒を飲みながら自分の人生を振り返

 る唄などたくさんある。

 愛、美雪の2人は、だんだん八十一が好きになっていくような気がした。


 またこの八十一、MC(曲の合間のトーク)が面白いのである。

 まず彼の自己紹介から御紹介しよう。

 最初の曲が終わった後のMCがそれである。

「今晩は。吉田 八十一です。富山のライブは今回で何回目になるでしょうか。始めて来てから大分経っておりますが、

 今回私を見にこられる方もいらっしゃると思いますので、まず私の自己紹介をしたいと思います。

 私の名前は吉田 八十一、名前の方は漢数字で『八十一(はちじゅういち)』と書いて『やそいち』と申します。

 今日始めて来て下さった方で、私の名前を『どうやって読むんやろう』と思われた方もいらっしゃると思います。
 
 ある日の事です。確か長野のあるホテルでライブをやったときの事です。

 そのホテルの店員のお姉さんの1人が、私の名前を見てどうも読み方が分からず、う〜ん、と悩んでました。

 その後彼女はこう言いました。

 『八+一・・・、8+1は9・・・、で、”九ちゃん”!』

 その後、彼女は私を『九ちゃん』と呼ぶようになりました・・・。

 私は彼女に、『似合わへん!やめといて!』と言いましたが、それでも彼女は私を『九ちゃん』と呼び続けています・・。」

 
 会場からは一斉にドッ、と笑いが起こる。

 ある客が、

「八十一さん、それ前にも言ってませんでしたっけ?」

 と突っ込みを入れる。すると八十一はその客を指差し、

「君!うるさい!口にチャックしとき!」

 と叱りつける。辺りはまた笑いに包まれる。

(実は作者も、この人物のモデルである五十一さんに、同じような突っ込みを入れたことがあります・・。。

 具体的な事はここでは割愛させて頂きますが・・。)

 

 もう1つ彼のギャグを紹介しよう。

 何曲か終え、また八十一はギターを代え、金属パイプを小指にはめた。

「皆さん、この金属パイプ、『スライドバー』と申します。これはブルース、カントリー、ハワイアン音楽などで使われる道具

 で、これをギターの弦の上で滑らせると、このように独特の響きのある音が出せます。

 ある時、客席にいたおばあちゃんがこれをしげしげと見つめながら、『あんたぁ、指怪我しとんの?』と聞いてきました。」

 客席からはまたドッ、と笑いが起こる。

 八十一はスライドバー(金属パイプ)をスポッ、と取り、

「でもご心配はいりません。このとおり指は無事です。」

 という。

 またある客が、

「八十一さん、その指やーさんに詰められて、それ隠す為にそれはめてるって聞きましたけど?」

 と訳の分からぬ事を言ってきた。八十一は苦笑いしながら、

「まあ、何やら1人で騒いでる人もいますが、皆さん気にせんといて結構ですさかい。」

 と客に言った。こういう外野の突っ込みの受け流し方も随分巧い。


 開演から2時間ほど経ったろうか。大分セットリストも詰まってきた。

 八十一はこう語り始めた。

「今日昼間、新曲が出来ました。私の死んだ双子の娘の事を唄った曲です。」

 そう、八十一はこの日新たに曲を作ったのである。彼はギターを静かにかき鳴らし、唄い始めた。

 その歌詞を紹介しよう。

娘よ
 

もうすぐ 冬が終わり 春が来る
こんな日は お前達を思い出す
 
今じゃ ずいぶん前の ことだけど
いろんな事が 頭の中を巡る
 
 
俺の前に降りてきた 2人の天使
それが お前達
 
 
時が 経つにつれ お前達は
どんどん大きく なって行った
 
苦しいことも 悲しいことも あったけど
今は全部 いい思い出
 
 
あの 忌まわしい 死神が
お前達を さらって行った
 
 
今は お前達は この世にはいない
土の中で 眠ってる
 
だけど 俺の 心の中には
お前達は 生きている



作詞:H.Saitou


注:この詩は、私作者が作成したものです。
  モデルであるプロのミュージシャン、吉野 五十一さんの曲、歌詞などとは一切関係ありません。

                                               H.Saitou

 愛と美雪は、この曲は今までの曲の中で一番グッ、と来るものを感じた。今までの曲と違うものを感じた。

 2人は、何か今まで体験した事のない、言葉で言い表せないような気分になった。

「聴いてると、何かピーンと来る物がある・・・。」

 2人はいつしかそんなことを考えていた。


 そろそろ終演時間である。八十一は、

「皆さん、本日は来てくれて本当におおきに。入り口の所で私のCD売ってますんで、買うて行って下さい。

 今日の私は、『富山のCD売り』です(笑い)!」

 また客席からドッ、と笑いが起こった。

「では最後の曲です・・・。」

 八十一はラストナンバーを唄った。その曲が終わると、客席から盛大な拍手が鳴り響いた。

 それはすぐに、アンコールを求める拍手へと変わった。

「皆さん、おおきに。ではアンコールに、今日来てくれた皆さんにこの曲をお送りします。」

 八十一は心を込めてギターを弾き、唄った。客は皆目を潤ませ、八十一の曲を聴いた。


 ライブは終わった。会場は非常にすがすがしい雰囲気に包まれた。



 客は真っ直ぐ帰る者、入り口でCDを買い、八十一と会話する者など様々いた。

 愛、美雪は立ち上がり、顔を見合わせる。

「よかったね・・・。」

「うん、曲の世界に入り込んじゃった・・・。」

 2人とも出る言葉は少なかった。

 それは彼女達の心の中が、言葉で言い尽くせないほどの感動に満ち溢れていることを示すものであった。

「CD買おうか・・。」

 美雪がそういうと、愛もそれにうなずいた。

「うん・・・。」

 美雪と愛は、入り口のCD売り場にいる八十一夫妻の所に行った。

「・・・。凄くよかったですよ。感動しました。」

 美雪は八十一に声をかける。

「おおきに。初対面なのにそういうこといってくれはって、ホンマ嬉しいわ。」

 八十一は笑顔で答える。

 愛は八十一の顔を覗き込み、

「・・・あのう、CD買いたいんですけど・・・。」

 と呟いた。八十一はそれを快諾し、2人にCDを売った。


「なぁ、2人ともこれから帰るんか?」

 八十一は愛と美雪に尋ねた。それに美雪が答える。

「はい、もうすることないし・・・。」

 八十一は、

「そうか。それならここの隣の隣の居酒屋に行かんか?ワシの昔の仲間がそこのマスターなもんで、富山に来たときはい

 つもそこで打ち上げやるんやで。」

 と、2人を打ち上げに誘った。

 愛と美雪は、

「どうしようか・・・。」

 と言うような雰囲気で、顔を見合わせる。美雪は、

「誘って頂けるのは有り難いですけれど・・・。」

 と呟いた。しかし八十一夫妻八十一夫妻は何か言いたげな顔で2人を見つめている。

 美雪と愛は2人の誘いを受け入れることにした。

「・・・・分かりました。御一緒させて頂きます・・・。」

 八十一は幸せそうな笑みを浮かべ、

「そうか・・。ほうなら早う行こか。」

 と言った。

 八十一夫妻はは後かたずけを終え、ライブハウスのマスターに挨拶をし、愛と美雪を伴なって店を出、その居酒屋に向

 かった。


 その居酒屋に、八十一夫妻と愛、美雪が入ると、早速店のマスターが一向を笑顔で出迎えた。悪天候の為か、他に客

 は居なかった。

「よう八十一っあん、まっとったで。おや、その子達は?」

 八十一は愛と美雪をマスターに紹介する。

「ああ、この子達はな、今東京から卒業旅行に来とるんや。今日高岡の喫茶店で出会うてな、富山まで車に乗せて送っ

 てあげたんや。それで今わしのライブ見に来てくれて、打ち上げに付き合うてもらったんや。」

 愛と美雪はマスターに挨拶し、八十一夫妻と共にカウンターに座った。


 一向は日本海の海の幸料理に舌鼓を打った。丁度春先なので、富山湾名産のホタルイカなども出てきた。

 飲み物の方だが、八十一夫妻は地酒を飲み、愛と美雪は烏龍茶である。

「所でマスターは八十一さんの昔のお仲間だと聞きましたが。」

 美雪がマスターにこう尋ねると、マスターは笑って答えた。

「ハハハ、わしは昔大阪の方に居ったんや。それでな、向こうで八十一っあんと出会うて、一緒に音楽やっとたがや。

 懐かしいなあ。良く街頭で2人でギター弾いて唄ったもんやなあ・・・。」

 マスターは遠い日々のことを振り返り、こう語った。八十一はこう語り始めた。

「そうや。マスターとわしは音楽仲間やったんや。あの時はええ時代やった。今と違い、音楽をやる人間は少なく、非常に

 マニアックなもんやったが、あの頃の音楽は今と違い、売るだけのもんでも他人と争うもんでもない、本物の音楽やった

 と思う。

 今の若い人を見て一番思うことは、彼等は今流行の音楽を盛んに聴いてる様やが、そのルーツを知ろうとせん。例えば

 今流行の人たちはどういう人に影響を受けたのか、その人たちの前はどうだったのか、それを全然知ろうとしない。

 それを見ると、わしはな、『このままやと俺達が聴いていた本物の音楽がなくなってしまう・・。』

 と本当に残念に思う・・。」

 愛と美雪は黙ってそれを聞いている。

 八十一は2人をなだめるように言った。

「いや、興味のないような話をして済まんなあ。でもあんた達みたいな若い子達に俺の歌を聴いてもろうて、”よかったで

す”と言うてもらえるのは、他のどんな事より嬉しい。」

 
 愛は八十一に尋ねる。

「あのう、八十一さんって若い頃どんな音楽聴いてたんですか?」

「ああ、わしはな、最初’60年代頃の外国のフォーク、ロックが好きだったんや。それでな、彼等は古い黒人、特にアメリ

 カ南部の黒人のブルースなんかに影響を受けたと言うんで、それを聞くようになってからそれにドップリハマッってしもう

 たんや。」


 マスターは店の奥からギターを2本持ってきた。

「なあ八十一っあん、久しぶりに2人でやろか。」

「ああ、ええなあ。よし、ワシらが昔聴いとった曲をやってみよか。」


 
 丁度店が暇なこともあり、八十一とマスターはギターを弾き、セッションを始めた。
 
 2人はビートルズ、ボブ・ディランなどの外国の古いロックやフォーク、またはロバート・ジョンソンなどのアメリカ南部の

 黒人のブルースなどを次から次へと演奏した。

 愛と美雪は最初全然聴いたことのない音楽に戸惑ったが、聴いているうちに何故か楽しくなり、気付いて見ると手拍子

 をしたりしていた。

 店の中は本当に楽しい雰囲気に包まれた。


 八十一とマスターは8曲ほどで演奏をやめた。マスターは八十一にこういった。

「なあ八十一っあん、昔娘さん連れて来たことを思い出すなあ・・。」

 それを聞いて八十一夫妻はにわかに顔を曇らせた。マスターはとっさに、

「あ、ごめん、嫌なこと思い出させてもうたなぁ・・・。」

 と言った。

 愛と美雪は思わず八十一の顔を覗き込み、

「娘さん、ですか・・・?」

 と言ってしまった。

 八十一夫妻は少し黙り込み、夫人である啓子がそれに答えた。

「・・・昔うちらには双子の娘が居ったんや。1人はポニーテールの似合う勝ち気な女の子、もう一人はロングヘアの大人

しい女の子。丁度あんたらみたいな感じやった・・・。」

 啓子は言葉が続かず、酒をまたグイッと飲んだ。

 続いて八十一が語り始めた。

「嫌な思い出やが、その2人はなあ、10年くらい前、高校を卒業したばかりの頃、友達の車でドライブに行ったんや。そ

 れがその友達の車が事故を起こして、車に乗ってた人間はみんな死んでしもうたんや・・・。無論、そのワシらの娘2人

 もや・・・・。」
 

 八十一夫妻は目に涙を溜めている。愛と美雪は言葉がなかなか思い浮かばなかった。

 何と言っていいかわからなかったのだ。只分かったことは、 

「この夫妻は、自分達にその死んだ娘の幻影を見出したのだ・・・。」

 事である。

 美雪は悪いとは思いながらも、八十一夫妻に尋ねた。

「・・・。悪いですけれども、その娘さんの写真とかありましたら見せて頂けないでしょうか・・・?」

 と、呟くように尋ねた。八十一は、

「あ、ああ・・・、わしの手帳に入れてあるさかい、見せたるわ・・・。」

 とぎこちなく答え、ポケットから古びた手帳を取り出した。


 その手帳には1枚の写真が入っていた。そこには愛と美雪くらいの年頃の娘が2人映っていた。

 啓子の言葉通り、一人はポニーテールで勝ち気そうな娘、もう1人はロングヘアのおとなしそうな娘である。

 それも前者は美雪に、後者は愛にどことなく似ている。

 愛と美雪はそれを見て、心の中に何やら熱いものを感じた。そして頭の中が真っ白になった。


 八十一は涙が溜まった赤い目をして呟いた。

「ごめんなぁ・・。ワシらはあんたらに今日出会って、この死んだ娘のことを思い出してしもうた・・。あの今日作った曲もそ

 れで作ったんや。ホンマ、わしらのこんなワガママに付きおうてもろうて、ホンマにすまんと思うとる・・・。」

 八十一の目から一粒の涙がこぼれた・・・。

 美雪と愛はそれを見て、

「いいえ・・・。そんなことないですよ・・。」

 と八十一をなだめようとした。



 いや、それくらいしか言ってやれなかったのだ。



 やがて時計は11時半を回り、八十一夫妻と愛、美雪は店を後にした。会計は八十一夫妻が全額負担した。


 愛と美雪は店の前で八十一夫妻に礼を言った。

「ご馳走様でした・・・・。」

「おごって頂いて本当にすみません・・・。」

 八十一はこう答えた。

「いや、礼を言わなならんのはワシらの方や。今日はワシらの若がままに付き合うてもろうて、

 本当にすまん。おおきに・・・。」
 
 愛はぎこちなく八十一に尋ねる。

「・・・・八十一さん、またライブ見に行ってもいいですか?」

 八十一は笑顔で答える。

「ああ、勿論や。東京にも年何回か行くで、そん時は是非よろしくな。これわしの名詞や。わしのホームページのURLも

 載っとるさかい、これでも見といてくれればええ・・。」

 八十一は愛と美雪に名刺を渡した。


「それじゃあ・・・。」

「せな、気を付けてなぁ・・。」

 
 一向は居酒屋の前で別れた。

 愛と美雪はホテルに戻り、簡単に入浴を済ませてベッドに入った。

「愛・・・。凄くいい思い出が出来たね。」

 美雪は愛を見つめて呟いた。愛も、

「うん、なんて言っていいか分からないけれど、何だか凄く感動したよ・・・。」

 とすがすがしい気持ちで答える。


 2人はやがて部屋の明かりを消し、眠りに付くことにした。


「八十一さんか・・・。」
 2人は眠る前、そう心の中で呟いた。


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