Tug Of War

 

ここは、卯月町にあるモダンな住宅。
その1室であるアトリエで、一人の少女がカンバスに向かっていた。
「ふう、何か違うわね。」
ひとりごちると、それまでカンバスに走らせていたパレットナイフを、傍らに置く。
「違う、私の書きたいのは、こんな絵じゃない。」
「はあ、こんなんじゃ、三科展に出品できないわ。」

ピンポ〜ン

「あら、誰かしら?」
時計を見ながら立ち上がる。
「土曜日のこの時間だし、きっと彼ね。」

「は〜い。」
「ね〜ね〜涼子ちゃん、デートしようよ。」
「はあ。」
「ね〜、デートしようよ。」
「あなた毎週同じ事言って、飽きない?」
「涼子ちゃんがデートしてくれるまでは飽きない。」
「だから、そんな時間はないって、いつも言ってるでしょ。」
「そうか、ところでさ.....。」
それは、ここ数週間土曜日の度に、この家の前で繰り返されているやりとりだった。
そしてこの後、数十分間にわたる雑談も。

「じゃあ健太郎君、私部屋に戻るから。」
「うん、おやすみ。来週こそデートしようね。」
言うなり走りだす健太郎。
「どこまで本気なのかしら。」

そしていつものように、部屋に戻りカンバスの前に座る。
「まったく、噂を知っていながら、モデルを頼んだ私が馬鹿だったわ。」
ぶつぶつ言いながらも、その目は鋭く自分の作品をチェックしていく。
「う〜ん、ここをこうして....こう直せば。」
「うん、何とかなるかも。」

こうして、数週間が過ぎていった。

「ふう、何とか一段落付いたわね。」
「でも、どうしてかしら?健太郎君が来た後って、筆の進みがいいのよね。」
「きっと、彼に対する怒りが筆を進めたのね。」
「そう言えばそろそろ...。」

「来ないわね。」

「まったく、迷惑なときには押し掛けてくるくせに。」

「もうすぐ寮の門限のはずだし、今日は来ないのかしら。」
「気になって、ちっとも筆が進まないじゃない。」

ピンポ〜ン

「あら?来たのかしら。」

「は〜い。」
「やあ、涼子ちゃん。」
「健太郎君、門限は大丈夫なの?」
「うん、今日は時間もないし、涼子ちゃんの顔を見に来ただけなんだ。」
「そう。」
「じゃあ、涼子ちゃんの顔も見れたし、もう行くね。」
「あ、ちょっと。」
「何?」
「どうして時間がないのに、わざわざ来るの?」
「だって俺、涼子ちゃんの事、好きだもん。」
「ば、馬鹿....本気...なの?」
動揺する涼子に対して、健太郎は当然と言わんばかりの態度。
「もちろん。冗談じゃこんな事言わないよ。じゃあね涼子ちゃん。」
「あ、ち、ちょっと待って。」
「え?」
「あのね、私今日作品が一段落ついて、少し時間が出来たの。」
「え?じゃあ。」
「しょうがないわ、あなたがあんまりしつこいから、デートしてあげる。」


後書き

ど〜もど〜も「す」です。

今回は、下級生初挑戦。

テーマはタイトルどうりですね。

ゲームの健太郎は、デートまでは押しっぱなしみたいですが、恋愛の基本は押して押して、いきなり引く、だろうと思って書いてみました。

あと、好きな人に、気張らずさらっと「好き」っていえる男って、かっこいいんじゃないかと思って、そのへんもちょっと。

では、またお会いしましょう。