願ひごと

 夕焼けの中を、あの人が帰っていく。
 のんびりとした足取りで。
 ...彼女の手を引いて。

「瑞佳、おまたせ。帰ろうか」
「あ。佐織。もういいの?」
「うん。遅くなっちゃったね」
「ごめんごめん」

「ところで、何見てたの?」
「な、なんでもないよ」
 首を傾げると、さっきまで私が眺めていた方向に目をやる佐織。
「...折原君じゃない。今日も里村さんと一緒なんだ」
「さ、帰ろうよ」
 意味ありげな視線を私に送る佐織の背中を押すように、学校を出る。

「それにしても、折原君が里村さんとつき合うなんてね〜」
「そうだね。浩平が休む前は、そんなに仲良さそうでもなかったのにね」
「で、何があったの?折原君と」
 やっぱり。聞かれるとは思っていたけど。
「何にもないよ」
「そんなことないでしょう?折原君って、あんなに瑞佳べったりだったのに」
 あ。佐織、野次馬モードだ。
「べ、別に、私と浩平はつき合っていたわけじゃないもん。誰とつきあい始めたって、おかしくないよ」
「ホントに?」
「ホントだよ。私は、浩平のことが心配だったから、面倒を見てただけだもん」
 チクリ。と心の奥が痛む。
「ふ〜ん。でも、瑞佳とつき合ってるからって、折原君のことあきらめた娘も結構いたんだよ」
「そうなの?」
「うん。折原君ってさ、突飛なことするけど、ムードメーカーな所あるじゃない。結構好きだった娘いるみたいだよ」

 ...知らなかった。
 浩平のことなら、誰よりも知ってるつもりだったのに。
「でも、瑞佳とつき合ってるって思われてたから、告白した娘はいないみたいだけどね」
「ふ〜ん。浩平って、もてたんだ」
「やっぱり気が付いてなかったんだ。まあ、瑞佳と折原君自身は、絶対気が付いてないと思ってたけどさ」
「...私って、鈍いのかなあ?」
「あはは。恋愛に関してだけはね」

 ...そうかもしれない。だって...。

「で、なにがあったの?」
「な、何にもないってば〜」
「って事は、あの入院が鍵よね」
「...うん」
「入院中に何かあったのかな?」

 入院。
 彼、折原浩平は、昨年度末からつい最近まで入院していた。...らしい。
 だから、来年度も、もう一度3年生をやることになっている。
 そして、学校に戻ってきた日から、里村さんが寄り添うようにしていた。

「折原君って、どうして入院してたんだっけ?」
「私も聞いてみたんだけど、教えてくれないんだよ」
「...お見舞い...行かなかったの?」
「...うん」
「あ。悪いこと聞いちゃったかな?じゃあ、私はこっちだから。また明日ね」
「あ、うん。バイバイ」

 私自身、一番気になっていたこと。
 どうして、私はお見舞いに行かなかったんだろう?
 浩平が入院していたときの事は、頭の中に靄でも掛かっているみたいで、はっきりとは思い出せない。
 浩平が入院したら、お見舞いくらい、行かないはずないのに。
 どうして入院していたの?
 どこに?
 里村さんと何があったの?
 私は...何してたの?

 聞きたい事は、いくつもある。
 ...でも、聞けない。
 すっかり広がってしまった二人の距離。
 ....今のあなたの心に、私の居場所はあるの?
 ...やっと。あなたの事....好きだって気が付いたのに。

 いつでも一緒だった。
 あなたのことなら、何でも知っていると思っていた。
 ...でも、それは私の思い上がりだった。
 気が付いたときには終わっていた、私の恋。
 浩平には、私が居なくちゃ駄目なんだって言ってたけど、本当は違った。
 私に、浩平が居なくちゃ駄目だったんだよ。

 永遠に、一緒だと思っていたのに。
 永遠なんて、どこにもなかった。

 「えいえんは、あるよ」

「え、浩平?」
 懐かしい、聞き覚えのある声。
 子供の頃の、浩平の声

 「ここに、あるよ」


 ど〜も。
 す です。
 う〜ん。
 今回は「ONE」。
 また瑞佳です〜。
 好きな作品なんですが、なかなかうまく書けません。
 私は、作品に準拠して、納得行かない部分や、穴を補完する書き方ですから、「ONE」のような、世界がきっちり出来ている作品ってSSにしづらいんですよね〜。
 気に入っていただけると嬉しいのですが。