地上の星座
第一話 〜竜之介〜
「ふあ〜」
カンカンカンカン。
「あ〜、今日も疲れた」
アパートの階段を登る。
ここで暮らし初めて、もう5年。
「今日は、珍しく早く帰れたな。いずみは、もう帰ってきてるかな?」
ガチャガチャ。
「ん?」
部屋の中から、声が漏れてくる。
ボロアパートだから、中の声が外に漏れちゃうんだよな〜。
「電話してこないで、って言ったでしょう」
いずみの声だな。
相手は....誰だ?
「うん....うん...だから、その話は断ったでしょう?」
...電話...か?何か言い争っているみたいな。
「うん。じゃあ、元気で」
...う〜ん。
浮気?
..まさか。
それはないな。
....まあいいいか。考えて分かるもんじゃないし、何かあるなら、その内いずみから言ってくるだろう。
ガチャ。
「ただいま〜」
「お帰り。早かったな」
「ああ、今日は早く終わったからな」
「お疲れさま」
...特に変わった様子もないか。
「いずみも疲れただろう?」
「うん?私はそうでもないよ。御飯食べるだろう?すぐ用意するから、着替えて待ってて」
「ああ。」
まったく、すぐ無理する。疲れてない訳ないだろう。
「何か手伝おうか?」
着替えながら、台所のいずみに声を掛ける。
「ありがとう。でも、すぐ済むから待ってて」
やっぱりね。
共稼ぎなんだから、手伝うって言ってるのに。
「お待たせ〜」
「おう」
湯気の立つ食事。この寒い中、外での作業だっただけに、たまらなく嬉しい。
「あれ?いずみの分は?」
食卓に並ぶ食事は、1人分。
「う、うん。私は、ちょっと気分が悪くてさ」
そう言えば、ちょっと顔色が悪いような気もする。
「おいおい。大丈夫か?」
「うん。そんなにひどくはないから」
「風邪か?熱は」
「うん、大丈夫だよ」
「長引くようだったら、病院に行けよ」
「うん」
う〜ん。
やっぱり元気ないな。
「じゃあ、いただきます」
「はい。どうぞ」
「今日は、工事だけだっけ?」
「ああ、ビル清掃は、週2日だけだからな。道路工事。昨日アスファルトめくったから、今日は穴掘りだ」
「寒い中、大変だな」
「暖かい家でいずみが待ってると思えば、大丈夫さ」
「ば、馬鹿」
「今更照れるなよ」
一緒に暮らし初めて、もう4年以上経つっていうのに、いずみは未だに、ちょっとしたことで照れて、頬を染める。
まあ、初々しくてかわいいけど。
「お前の方は、どうだ?」
「うん、いつも通りだよ」
「そうか。立ちっぱなしだから、気分悪くなったのか?」
「いや、ちゃんと休憩時間はあるから、大丈夫だよ」
「本当か〜?」
「本当だってば」
「ならいいけどさ」
「ご馳走様」
「お粗末様」
「今日は、風呂行かない日だよな」
「ああ。昨日入ったからな」
「はあ。早くお金貯めて、風呂付きの部屋に引っ越さないとな〜」
「う〜ん。私はここ、結構気に入ってるんだけどな」
「こんな風呂もないボロアパートが?」
「ああ」
「そうか。でも、やっぱり風呂は欲しいな〜」
「う〜ん。銭湯代は、ちょっと痛いな」
「だろう?」
「ああ。銭湯も、結構高いからな」
「毎日風呂くらい入りたいよな」
「あれ?お前、風呂嫌いじゃなかったっけ」
「いずみが。だよ」
「...」
「あ、気分悪いんだろう?今日はもう寝ろよ」
「大丈夫だって」
「明日も、立ちっぱなしの仕事なんだから」
「本当に平気だって」
「スーパーって、結構重労働なんだろう?今日の所は、早く寝ろ」
「う〜。解った、じゃあ先に寝させてもらうよ」
「おやすみ」
「おやすみ」
ふう。
いずみの奴、すぐ無理するからな。
あまり根を詰めないようにさせないと。
前にも、大丈夫って言いながら、倒れたことがあったっけ。
「...竜之介」
「うん?どうした」
「あのさ...いや、何でもない」
「何だ、1人で眠れないのか?」
「あ...、うん、そうなんだ。こっちに...来ないか」
「はいはい。しょうがねーな」
へっへっへ。
「あ、でも今日は駄目だぞ」
う。
「ば、馬鹿言うなよ。具合が悪くて寝てるお前に、何をするって言うんだよ」
くう。お、男には、時として耐えなくてはならない時が....。
「そうだよな。竜之介はそんな奴じゃないよな」
くそ。
「しょうがないから、一緒に寝てやるよ」
「ありがと。」
「あのさあ。竜之介」
「なんだ、まだ起きてたのか」
「あ、あのさ」
「何だ?」
「....」
「...どうした?」
「...い、いや何でもない」
「おやすみ」
ごろんと寝返りを打ち、こちらに背を向ける。
「あ。ああ」
.....何があったんだ?
さっきから、いずみの態度がおかしい。
「本当に何でもないのか?」
「何でもないったら」
「そうか。悩み事があるんなら、いつでも言えよ」
「わかってるってば。ほら、寝るぞ」
「はいはい」
....何かある。
言いたくなったら、本人から言うだろうから、あえて追求はしないが。
だけど、この態度は何か悩んでいるときのいずみだ。
....いつでも言えよ。
昼間の疲れもあり、いずみの事を考えているうちに、深い眠りに滑り込む。
「......う〜ん。いずみ」