「夕焼けリンゴ」〜第2話〜

車の止まる気配がして、意識が現実に引き戻される。
「ん、ん〜。」
肩が重い。
左の肩を見ると、何か黒い玉が乗ってる。
「へ?」
あ、そうか、ここは冬至温泉から帰りのバスの中。
すると、この黒いものは、竜之介の頭か。自分で引き寄せといて忘れてた。
「皆さま、当バスは、まもなく八十八町に到着いたします。長らくのご乗車ありがとうございました。」
周りで、ごそごそと身支度をしている気配がする。
竜之介のやつ、起きる気配がないな。
「竜之介。」
竜之介の頭を、そっと揺すりながら呼びかける。
「竜之介ってば!」
今度は、少し強く。
ん〜、起きやしない。
寝起きの悪いやつめ。

「り・ゅ・う・の・す・け」

首を絞めようと、手を伸ばしたところで、竜之介がパッチリと目を開く。
「いずみ、俺を殺す気か。」
このタイミングの良さは。
「おまえが、起きないからだろう。それに、本当は起きてたんだろう。」
「ちぇっ、寝たふりしてたら、キスで起こしてくれるかと思ったのに。首締めにくるんだもんな〜。」
「ば、馬鹿なこと言うなよ。」
顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。
「お2人さん、いちゃついてる所悪いが、もうみんな降りてるんだぜ。」
後ろの席から洋子が、声をかけてくる。
そう言えば、いつの間にか八十八町に着いてる。
バスの中には、私たち4人しか残っていない。
「まったく、竜之介ってば寝起きが悪いんだから。」
あきらを先頭に竜之介、私、洋子の順で、バスを降りる。
「いずみ、危ないから、ほら。」
竜之介が、私に手を差し伸べてくれる。竜之介、やさしい。
「おまえら、やっぱり旅行中に何かあったんじゃないのか?」
バスから降りると、あきらが声をかけてくる。
「そうそう、竜之介が妙にいずみにやさしいしな。」
今度は洋子。
「ん〜、もっと後で話すつもりだったんだけど、しょうがないな。」
竜之介が悪戯っぽく笑う。
「実は、いずみが俺とつきあってくれるんだってさ。」


まっしろけ


え、ええ〜
ち、ちょっと待って。
つきあうって、私を選んでくれるって事?
でも、友美や唯もいるのに。

わたしとりゅうのすけがこいびとどうしになる

「良かったじゃないか竜之介。おめでとう。」

「いずみ、正気かよ、こいつとじゃあこれから大変だぜ。」

あ〜、だれかがしゃべっている。

 

まっしろ


「いずみ!」
「いずみ!」
へ?あ〜りゅうのすけがいる。
「いずみ!」
「あ、竜之介。」
「あ、じゃねえよ。」
「あれ、あきらと洋子は?」
「おまえが呆けてる間に帰っちまったよ。」
「え、呆けてるって?」
「まったく、俺があいつらに、疑いの目で見られちまったじゃねえか。」
「ごめん、竜之介。」
「もしかして、俺の早合点だったか?」
「え、何が?」
「いずみが、俺とつきあってくれるって思ったの。」
「え?い、いやそりゃあ私は竜之介の恋人になりたいと思っていたけど。」
「じゃあ問題ないんだな。よかった。」
竜之介がうれしそうに笑う。
「洋子が心配してたぜ、これから大変だぜってさ。」
「それは覚悟してるよ。」
「馬〜鹿、向こうでも言ったろう、俺は一途なんだぜ。」
「だれが?」
「もういい。恋人に信じてもらえないなんて、俺は不幸だ!」
本当は、信じてるんだ。竜之介は、女の子を泣かせるような男じゃないって。
「でも竜之介、どうして私がおまえと、なんて言い方するんだ?」
「いいじゃないか。」
「私から誘ったんだから、おまえが私とつきあう、が本当だろう?」
「ふ〜ん、旅行に誘ったのは、俺だったと思ったけど。何をいずみから誘ったんだ?」
えっ。こ、こいつ〜。
「ば、馬鹿、知らない。」
「いずみが俺とつきあってくれる。でいいんだよ、多分な。」
「まあどっちでもいいけどさ。」
「大した理由じゃないけど、今度機会があったら、何でこだわるのか教えてやるよ。」
もったいつけやがって。気になるじゃないか。
「さあ、俺たちも帰ろうぜ。」
「もうこんな時間か。」
「ああ、外は割れるような夕焼けだぜ。」
「じゃあ、私はアリバイ工作の成果を確認してから帰るから。」
「ああ、送って行きたい所だけど、そうも行かないからな。」
「平気だってば。」
「じゃあ、この次は2人きりで行こうな。」
「まだ言ってるのか?」
「だって、どうしても、だったらいいって言ったろう?」
「え、そ、その時も起きてたの?」
う〜、竜之介の根性悪!
「じゃあな、いずみ。また電話するから。」
「竜之介の馬鹿あ〜。」
竜之介ったら、逃げるように走っていっちゃった。
「さてと。」
友達に連絡して、アリバイ工作の口裏合わせをしなくっちゃ。
「ぐう〜」
やだ!
そう言えば朝食べてから、何も食べてないぞ。ちょっとお腹が空いたかな〜。
そうだ、コンビニに行って肉まんでも食べよう。電話もあるし。
「さあ、コンビニに電話をしに行こうっと。」
あくまでも、肉まん目当てじゃなくて、電話をしに行くんだから。



「やっぱり冬は、肉まんだよな〜。」
アリバイ工作も上手く行ったみたいだし。
少し浮かれて、コンビニから出てくる。
「竜之介と恋人同士か。」
だめだ、考えただけで、口元がゆるんで来ちゃう。
なんか、まだ、夢見てるみたいだ。
このまま竜之介の家まで、行っちゃおうかな?
昨日外泊してるし、だめだよな、早く帰らないと。
竜之介にも迷惑かけちゃうし。
「いずみちゃん。」
え、今出来れば聞きたくない人の声がしたような。
「肉まん?おいしそうね。」
あ、と、友美。
「どうしたの、びっくりしたような顔をして。」
「だって、友美が急に声をかけるから。」
「その前は、ずいぶん幸せそうな顔をしていたけど。」
「そ、そうか?ほら、私、肉まん好きだから。」


肉まんおいし (^^)
「ところでいずみちゃん、ずいぶん日焼けしてるけど、スキーにでも行って来たの?」
う、相変わらず鋭い。
でも、いまは全てを話すわけには行かないんだ。
せめて、私の心の準備が出来るまでは。
「う、うんちょっとスキーに。」
うう、友美が悲しそうな目で見てる。
もしかして、バレてるのか?
「さっき竜之介君に会ったのよ。彼も日焼けしてるみたいだったけど。」
「そ、そうか!私は、今日は会ってないけど。」
ま、まずい〜。
「いずみちゃん、私に隠し事してるでしょう。」
「そ、そんな事ないよ。」
「竜之介君と何かあったんでしょう。」
う、鋭い〜。
「ば、馬鹿なこと言うなよ。」
「いずみちゃん、私たち親友でしょう?」
それを言われると弱い。
「私に隠し事しないで。」
こ、ここまでか。
「わかったよ友美、ただ今日は時間がないから、明日全部話すよ。」
「じゃあ、明日私の家に来てね。待ってるから。」
「分かった、じゃあ明日な。」
「ええ、じゃあお休みなさい。」
はあ、これでほとんど全部ばれてるだろうな。
でも、いつかは話さないといけないんだし。

でも、気が重い。

話さずに済んだら。

はあ。