「夕焼けリンゴ」〜第1話〜

 「皆さま、それでは八十八町に向かって出発いたします。」
バスガイドさんのアナウンスと共に私たちの乗ったバスは、冬至温泉を離れ八十八町へと走り出した。
「なあ竜之介」
席に着くなり、いびきをかき始めたあきらと洋子をながめながら、話しかける。
「ん?」
「またここに来ような。」
「ああ、ただしこの次は2人っきりだぞ。」
「ば、馬鹿なこと言うなよ...り、竜之介がどうしてもって言うならそれでもいいけど。」
最後の方は、小声になりながら私が答える。
か 顔が熱い、竜之介の顔が見れない。

「....。」
「竜之介?」
「..........。」
「竜之介ってば。」

あ〜、ひ、人が必死の思いで話してるのに、竜之介ったら寝てる。
まったく、どこまで人の話聞いてたんだよ。おまえさえ良ければ、
私はいつでもおまえと2人でいたいと思ってるのに。
おまえの返事は、どうなんだよ。
よく眠っている竜之介の顔を見ながら、そんなことを考える。
「1人でさっさと眠っちゃった罰だ。」
つぶやきながら、窓にもたれている竜之介の頭を、私の肩にもたれさせる。
「少なくとも八十八町に着くまでは、恋人だもん、これぐらいいいよな。」
寝息を立てる竜之介にそっとささやく。
それにしても、いつからこんなに好きになってたんだろう。
 たしか竜之介には、友美から紹介してもらったんだよな。
そう、あれは初めて友美と同じクラスになった1年生の時、
友美と話してるときに竜之介が割り込んできたんだったっけ。

「なあなあ友美、英語の教科書貸してくれ。」
そこまで言って、私の顔をしげしげと眺めてたっけ。
「おっ、かわいいじゃん。ねえねえ名前なんてーの。」
これが私に対する竜之介の第一声。
かわいいなんて、正直なやつめ。
「でも小学生がこんな所来ちゃだめだよ、ボク。」


ぱ〜んち!!バキ☆O(−−)o
「わ、私は高校生、それに女だー!」

初対面で私にぶっ飛ばされたのは、後にも先にも竜之介だけだ。
「2人は確か初対面だったわね、紹介しておくわ。」
友美が割って入る。
「いずみちゃん、噂くらいは聞いてるでしょう。彼があの竜之介君。私の幼なじみなの。」
竜之介は、そのころから、バカばっかりやっていたし、女の子に関する噂も今と変わらず、すごいものが飛び交っていた。
「友美、あのってえのは、ひどくないか。」
「だって、竜之介君を紹介するには、それが一番手っ取り早いんですもの。」
「それに、いずみちゃんは、噂だけで人を判断するような娘じゃないわよ。後で私から説明しておくしね。」
「で、こちらが篠原いずみちゃん。1年生の頃からのお友達よ。」
「へー、友美の友達ねー。今度デートしない?」
「おまえ、また殴られたいのか?。」
「初対面でおまえ、はないだろう。」
「うるさい、初対面でいきなり人の気にしてることを言うようなやつは、おまえで十分だ。」
「気にしてるって身長のほうか?男っぽいほうか?」
「両方だよ!。」
「ふーん、で、デートは?」
「やだ!」
「盛り上がっているところ悪いんだけど、竜之介君、教科書はいいの?」
「あっ!やべー時間がねえや、友美、貸してくれ。急いで教室にもどらないと。」
教科書を借りると、あわただしく、走っていったっけ。
ほんとに出会いは最悪だった。
それに1番気になったのは、竜之介を見る友美の目だった。
それは、端から見てもはっきりわかるほど熱い目つきだった。
「ふーん、あれがあの竜之介か。それにしても友美の幼なじみだったのか。」
「彼良くない噂はいっぱいあるけど、すごくいい人なのよ。」
「わかってるよ、あんな噂どうりの男なら友美が好きになるはずがないものな。」
「ち、ちょっと。」
「あれ、違った?」
「違わないけど。」
「で、あいつはその事を知ってるの?」
「言えるくらいなら苦労しないわよ。」
あのとき友美がどんなに竜之介のことを大切に思ってるかわかったんだ。
そう、友美、私の1番大切な親友。

私の気持ちは・・・


その後も何かとちょっかいを出してくる竜之介。
そんな竜之介のちょっかいを、いつの間にか楽しみにしていた私。
友美には、気づかれないように気をつけていたつもりだったけど。秋のある日、部活が終わって帰ろうとすると、友美が待っていたんだ

「いずみちゃん。」
「よう、友美じゃないか、図書館で勉強でもしてたのか?こんなに遅く帰るの、めずらしいな?」
「途中まで一緒に帰らない?」
「いいよ。」
「ねえ、変なこと聞くけどいい?」
「ん?なに?」
「いずみちゃん、竜之介君のこと、好きなんでしょう?」
「ば、馬鹿な事言うなよ。あいつとは、喧嘩ばっかりしてるって、知ってるだろう?」
「私に嘘はつかないで。」
「べ別に嘘なんか..」
「だって、見ててわかるもの。いずみちゃん、いつも竜之介君のことを、目で追いかけているから。」
「う」
「好きなんでしょ?竜之介君のこと。」
「う、うん。ごめんな、友美が、あいつのこと好きな事、知ってたのに。」
「いいのよ、あやまらなくって。」
「でも。」
「彼を好きになる人が多いって事は、それだけ彼が魅力的だって事でしょ?それに私たちが好きになったって、誰を選ぶかは、彼の自由ですもの。」
「でも、ライバルが増えるって事は、選ばれる確率が減るって事だろ?」
「いいじゃない、彼の選ぶ子なら、きっといい子よ。あなたみたいな。」
「だめだめ、私は一番可能性が低いんじゃないか?」
「そうかしら」
「そうだろ?」
「じゃあ、今日から私たち、竜之介君を巡る、ライバルね。」
「そうだな。」
「じゃあ、いつか自分が選ばれるように。がんばりましょう。」
「負けないぜ!」
「私だって。」
いつの間にか竜之介を好きになっていたことも、友美には御見通しだった。
竜之介とこんな関係になったこと、隠し通せるとは思えない。
でも、このことを知ったら、友美は傷つくだろう。
なんといっても、竜之介は友美の幼なじみで、おそらくは初恋の人だから。
わたしは、今幸せだけど、友美のことを裏切って手に入れた幸せなんだよな。
それを考えると気が重くなる。
はあ、やめやめ。
竜之介が私をえらんでくれるとは限らないし、考えたってしょうがないか。
私も一寝入りしようっと。

うつらうつらと遠ざかっていく意識の隅で、友美が悲しそうな顔で、私を見ていた。