ベンチとコーヒー

「まったく、どこ行ったんだよ」
気分が悪くなったと言って早退したタマを探して町を走る。
かれこれ3時間以上になるだろうか。
そろそろ西の空が赤く染まり始める。
「あの男の事がそんなに…」
昨日たまたま通りかかったホテルの前での光景。
タマがほかの男と…。
あいつが男と付き合っているのは知ってはいた。
別に気にならないはずだった。

でも、どうして胸の奥がもやもやするんだろう。

そして、修羅場。
目の前で繰り広げられた破局。
「やっぱり、ショックだったのか?」
泣いてはいなかったような気がする。
でも、俺の前から逃げるように走り去っていったタマ。
そして、心配しながらも、心のどこかでタマの破局を喜んでいる俺。
他人の不幸を喜んではいけない。
大体、俺はそんな男じゃなかったはずなのに。

「ああっ、灯台下暗しってことか?」
見つけた、俺やタマの家の近く。
川辺に座り込んで、きらきら光る水面を見つめているのは、いつもの元気はないが見慣れた姿。

「お〜…」
ちょっと待て。
うれしそうに声かけてどうするんだ、俺。
町中探し回ってた。
心配でたまらなかった。
なんて、かっこ悪いじゃないか。
落ち着け。
落ち着いて、声をかけるぞ。

「おお、タマこんなところでなにやってるんだ」
「あ、あのね…」
「まあ、その、なんだ、男に振られたぐらい、くよくよせずに…」
「浪馬くん、私…」

「タ、タマ?」
いきなり、タマが俺の胸に飛び込んでくる。
細い肩。
ああ、女の子なんだな。
この肩を…。
な、何考えてるんだ。
タマは悲しんでるだけ。
我慢我慢…。

「ふふっ」
「な、何だよ」
「探してくれてたんだ」
「そ、そんな事はないぞ」
「う・そ」
「お、俺は別に…たまたま通りかかったら、タマが居るのが見えてだな」
「ドキドキいってるよ、心臓」
「そ、それはお前が急に抱きついてくるから」
「友達なのに?」
う、友達。そうだよな、友達。
「それでも、お前は女だ、しかも可愛いと言えん事もない…」
「ふふっそう言う事にしておいてあげる。そっか、私でもドキドキしてくれるんだ」
あの〜、たまきさん?
あなた、男に振られて落ち込んでいるはずでは?
俺、なぐさめる予定だったんですけど。
って言うか、小悪魔っぽくて怖いんですけど。
「な、なあタマ?そろそろ帰らないか」
こんな所で、いつまでも抱きつかれているわけにもいかない。嬉しいけど。
目的も一応果たしたことだし。
何より、このままタマの肩を抱きしめに行こうとする手を堪えているのが辛い。
友達友達、タマにとって俺は友達…。
自分に言い聞かせてないと。
「嫌」
「嫌ってタマ、いつまでもここに居るわけには…」
「じゃあ、浪馬君の部屋に連れて行って」
「へ、部屋あ?」
ま、まずい。このまま俺の部屋で二人きりになったら、俺の理性が。
「ね、行こう」
「うん」
って、何頷いてるんだ〜、俺〜。
「へへ、なんだか緊張するね」
まったくだ。
いや、俺のせいなんだけどさ。


帰ってきてしまった。
タマと二人きり。
いや、落ち着け、俺。
相手はタマだ。
今までにも、何度もあったシチュエーションじゃないか。
ふ、普段通りにしてればいいんだ。
って、普段通りってどんなだっけ?
ああ、何気なく過ごしすぎて、わからない。

「浪馬君」
「はい〜」
こ、声が裏返ってるってば。
「どうしてそんなに離れて座るの」
傍にいると、危ないからだって。
「いつもこんな物だろう?」
「こっちに来て」
「いや、まがりなりにも若い男と女なんだから、二人きりの部屋であまりくっつくのはよくないと思うぞ」
自分を抑えられる自身もないしな。
「じゃあ、私がそっちに行っちゃお」
だ〜〜〜。
がんばれ、俺。
「浪馬君」
だから、どうしてそんな、潤んだ目で見つめるんだ。
誘われてると思っちゃうじゃね〜か。
「浪馬君、お願い、今だけでもいいの。私を、あなたの恋人にして」
って、誘われてる。のか?
「好きなの、好き…」
タマが、俺の唇にむしゃぶりついてくる。
その瞳から…涙?
「タマ、だめだよ」
乱暴にならないように、優しくタマを引き離す。
「私じゃ、駄目?」
「ち、違うよ、そうじゃなくて、今のタマは昨日の事があって、自棄になってるだけだと思うから」
「違うよ」
「違わないよ」
「違うよ、私、本当はずっと浪馬君のこと好きだったんだから」
「ええ〜」
「気が付かなかったでしょう。ずっと隠してたから」
「で、でも、昨日の男は…」
「うん、あの人には悪いことしちゃった。自分で決めたんだもん、浪馬君とは友達って。だから、浪馬君より好きになれる人を見つけなきゃいけなかったんだもん。でもね、もう駄目なの…」
「じ、じゃあ、俺がすっと自分自身にタマは友達って言い聞かせてたのは」
「嬉しい、浪馬君もそう思っててくれてたんだ」
シュルシュルと、衣擦れの音をさせながら、タマが俺の耳元で囁く。
って、衣擦れ?
「ち、ちょっとタマ」
「私たち、馬鹿みたいだね、お互いに自分の気持ちに嘘ついてさ」
って、どうして服を脱いでるですか。
「お願い、もう自分の気持ちを誤魔化したくない、このまま卒業なんて嫌。少しでも私の事、好きだと思ってくれるんなら…。私を、浪馬君のものにして」
「タマ」
抱きたい。
このまま。
でも、いいんだろうか、タマにとってこれで。
「やっぱり、駄目…かな」
「タマ」
そっと、名を呼び、今度はこちらから抱きしめる。
「いいのか」
「私から、お願いしてるんだよ、それとも、こんなほかの男に平気で抱かれちゃうような女は、嫌?」
「馬鹿、見損なうなよ、俺を誰だと思ってるんだ、そんな事気にするはずないだろう」
「嬉しい。でも、どうせこうなるんだったら、浪馬君にあげたかったな」
「そうか?俺は構わないけどな。タマに痛い思いさせなくてすむし、何よりいろいろ教え込む手間がなくていい」
「…馬鹿」
「それに、自慢じゃないけど、俺だって初めてじゃないし」
「むう、気になるけど…相手が誰かは聞かないであげる」
「好きだよ、タマ」
「んっ、う、嬉しい」
「泣いてる?」
「いいの、幸せの涙はいくら流してもいいんだから」




 ど〜も。
 9/10引退SS書き す です。
 って、増えてるじゃん。(笑)
 いや〜、「BUMP OF CHICKEN」は良いですね〜。
 最近一押しなんです。特に「k」なんかは何度聞いても。
 …。
 後書きでしたね。
 こっちは視点変更版。
 ハルジオンとセットでお読み下さい。
 いや、無理にセットじゃなくても良いんですけどね。
 こっちはちょっとエッチに…なってないぞ。
 何故だ。
 しかし、一挙完成か〜、まるで現役SS書きのようだ。(お

 気に入っていただけると、嬉しいんですが。