お嬢様刑事  麗子 

 第4話 


 「麗子ぉお嬢様ぁ....麗子ぉお嬢様ぁ.... 」

 麗子を呼ぶ声が雨音の向こうからかすかに聞こえてきた。

 そんな声に耳をふさぐかのように、麗子は顔を両膝の間に埋めた。麗子は膝を抱えて
うずくまったまま動かなかった。
 雨はますます強くなってきた。麗子の服はびしょびしょに濡れて、肌にぴたりと貼りついて
いた。 麗子の髪は雨の滴に濡れそぼり、その滴は金色の髪から頬へ、肩へ、そして背中へと
流れては、地面へと落ちていった。

  「麗子ぉお嬢様ぁ....麗子ぉお嬢様ぁ.... お嬢様ぁぁぁ........ 」

 麗子を呼ぶ声はだんだんと遠ざかっていく。

  「じい.....」

 麗子はそんな消えゆく声の彼方をちらと見やり、そして目を伏せた。

 その睫毛から流れ落ちる雫は、雨粒だけではなかった。麗子の視界が濡れたガラスのように
曇っていく。あふれる激情は、そんな麗子の頬を伝って地面に流れて落ちた。




 えッ!

 ふと気がつく麗子。

 .....また、私としたことが、あのことを思い出してる.....

 ついさっきまではまるで目の前で起きていることのように思えたあの雨の日の光景が、
かつての記憶に過ぎないことを思い出すと、麗子はふうと大きくため息をついた。

 急にフラッシュバックのように襲ってきた記憶は、先ほどから急に降り出した雨のせいかも
しれない。窓の外では地面をたたく雨音が急に騒がしくなっていた。

 「こ、これはぁ??」

 けんたろうが思わず叫んだ。。

 その声に麗子はトイレのほうを振り向く。そうなのだ。今は一家惨殺事件の現場に来ている
のだ。余計な感情はしまわないと......。

 あわてて、ふともたげてきた激情を心の中にしまう。

 そして冷静な女捜査官の顔に戻ってけんたろうに言った。

 「それは.....それは何?」

 けんたろうが一枚の紙切れを示して言った。

 「これは.....脅迫状だよ。」

 「脅迫状.....??」

 「ほら。麗子っ! 見てごらんよ。」

 けんたろうが麗子に指し示した紙切れには、広告などから切り抜いたと思われる、大きさが
まちまちの字が紙に貼り付けられていた。

 「.....お前の娘はあずかった。返してほしくば10億円用意しろ。13日の金曜日の
     午後3時に荻窪駅前のシナチクというラーメン屋の前のゴミ箱の中に10億円
     をいれろ。警察に連絡したら娘の命はない。....こ、こりゃ完全な脅迫状だな。」

 そう叫ぶけんたろうの声が何故か遠くに聞こえた。ふとよみがえる記憶。

 ......誘拐事件? そうなの? この事件も誘拐事件だったのね?.....

 再び麗子の心を激情がとらえようとする。だが麗子は必死でそれに耐えていた。

 .......マ、ママっ! パ、パパっ! そんなぁ!! 麗子はぁ麗子はぁ.....

 麗子の身体がぶるぶる震えた。額から流れる脂汗を麗子はブランドもののハンカチで
そっとふき取ると、ぎゅっとそのハンカチを握りしめた。

 .......ゆ、許せない。誘拐だけは...絶対許せない.....

 麗子の心が燃え上がる。アマゾネス署捜査一課で麗子は、特に誘拐事件には猛烈に闘志を
燃やす捜査官として知られていた。

 「被害者の家族構成がわかりましたっ!! 被害者は4人家族ですっ!!」

 その時、捜査一課のものが飛び込んできて大声で怒鳴った。捜査の現場は戦場である。
誰もが殺気立ち、大声で怒鳴るのだ。みなが必死であった。

 「4人家族ですって?? ここにある遺体は3体のはずでしょう??」

 「はい。そうでありますっ!!」

 「じゃあ、あと一人は誰なの? もう一人子どもがいるってわけ??」

 「はい。被害者大森彰一には妻と2人の子どもがおりまして、妻、大森温子43歳
  子どもは小学生の子どもが二人です。長女、大森由希菜、世田谷第八小学校3年生、
  次女、大森沙希、同小学校1年生ですっ!」

 それを聞いて、ふと麗子は目を背けた。母親の下で横たわっている女の子は背格好から
いって、次女の小学1年生の子だろう。なんとむごいことだろうか。
 こんな小さな命まで奪うとは........

 ....許せない.....麗子はそう思った。.....なんとしても犯人を捕まえたい.....

 「でも、どうして誘拐犯人が被害者の家族を殺したりするのかしら?
  それでは、身代金目的の誘拐が意味がないじゃないの?」

 麗子が疑問を口にする。それはもっともな疑問であった。

 「おそらく.......なんかのトラブルが発生したんだろうな。」

 ぼそりとけんたろうが言った。

 「身代金.....ガイシャは払おうとしたんだろうか?」

 その言葉に麗子が敏感に反応した。

 .......なんですって? 身代金を払わない? そ、それじゃあ......それじゃあ

 くるっときびすを返す麗子。

 すたすたと麗子は歩き去っていく。

 「お、お、おいおいっ! ど、どうしたんだよっ! 麗子っ!」

 麗子の唇がわなわなと震えていたのをけんたろうは見逃さなかった。

 麗子はそのまま現場をでていく。なんかまた昔の記憶がフラッシュバックのように
よみがえってきそうで怖かった。あの雨の日だ。そう、あの日も今日のように雨が降って
いたんだ。麗子はあの日のことをまた思い出しかけていた。

 麗子は表に飛びだすと、そのまま街路樹に寄りかかる。何故か呼吸が荒かった。

 折からの雨はひとしきりまた強くなる。
 
 麗子の身体はたちまちのうちにびしょびしょになっていく。でも麗子はそんな雨にも
身じろぎもしなかった。じっと街路樹に寄りかかったまま動こうとはしなかった。

 ふうふう....ふうふう。息が乱れる。

 見られたくなかった。思わず取り乱してしまったこの姿を。
 もう何年間も忘れていたのに......もう2度と思い出さないと思ったはずなのに。

 そう。この想い....この想いこそが麗子の人生を変えてしまったのだ。

 あの日以来麗子には甘えられる家族というものはなかった。そして友達もいなかった。
権力....資産....名誉.....豪邸....
 およそ子どもには魅力のないそんなものばかりの中で暮らすようになったあの日。
 そして自分の運命がそんなもので満ち満ちていると思い知らされたあの日。

 そうあの日以来、麗子の素直な心は死んだのだ。

 だが、そんな麗子にもう一度光を見せてくれたあの男。

 そして麗子は心の闇を自らのりこえんと刑事になったのだ。

 だが、もうすっかり乗り越えたと思っていたのに。もう思い出さないと思っていたのに。

 息が乱れる。麗子の背中は雨に打たれてぐっしょりと濡れていた。そんな濡れた背中が
大きく息をする度に上下した。

 「....麗子。」

 ふと、耳元で声がした。濡れた麗子の肩を誰かがぽんとたたいた。

 「何があったのかは知らないけど、無理するなよな。」

 けんたろうだった。

 麗子はハッとして急に身構えた。捜査一課の女捜査官の新藤麗子がこんなざまを見られたの
では、お嬢様刑事の名前がすたるというものだ。

 「気になさらないでっ...」

 麗子は努めて冷静に言った。肩に乗せられたけんたろうの手をさりげなく払う。

 「ちょっと動悸がしただけですのよ。なんでもないわ。」

 「そうかい....そうかい....」

 けんたろうは手をふりほどかれて、ちょっと大げさに首をすくめて見せたが、すぐに
麗子の顔をのぞき込んで言った。

 「でもあんたと俺は相棒なんだぜ。信用してくれるならあんたのことだって教えてくれ
  なきゃ息が合わないかも知れないぜ。」

 にやりと笑うけんたろう。

 「な、なによっ!! まだ相棒組んだばかりじゃないの。まったく図々しいにもほどが
  あるわね。大体あなたのほうこそ自分のこと教えたりしてないじゃないっ???」

 麗子はムキになっていた。...この生意気な新入りはいったい何者なの???

 「いいや。俺のことはおいおいわかるだろうけど、あんたの方はこの事件に関係あるから
  早急に話し合わなきゃ、事件解決できないぜ。」

 まるでルパン三世のように意味ありげな声で、不敵な笑いを浮かべてけんたろうがそう
言った。麗子はますますカチンときた。

 「なによっ! わたしの過去の記憶をどうしてあなたなんかに教えなきゃいけないの?
  いったいわたしの過去の記憶がどうしてこの事件に関係があるというのよ。
  ふざけないで。息が合わないですって? だからって過去の記憶を教えろと言うのっ?
  そ、そんなことはあなたには100年早いのよっ!!」

 麗子はぷんと顔を背けると、大股でさっささっさと歩き去っていく。その後ろ姿は、もはや
さっきまでの動揺していた麗子ではなく、捜査一課の冷徹な捜査官として、背筋をぴんと伸ば
して、堂々としていた。

 だが、そんな麗子を見つめながらけんたろうはにやりと笑った。

 「ふふふ....過去の記憶ねえ.....ふふふ。」





BGM:傘をさして〜銀の百合〜 / Open an unbrella-silver lily-
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麗子の秘められた過去の記憶とは?

そして、麗子!この難事件をうまく解決できるのか!
詳しくは、次回を待て!
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