カードキャプチャーさくら〜黒衣の花嫁〜
最終話   【新たなる始まり 改訂版



【新たなる始まり】 改訂版


 深い暗闇の中にその館は佇んでいた。

 館の門に、何者かが立っていた。

 この世のものとは思えぬ異形に、偶然遭遇してしまった猫が臆することなく睨んだ。

 異形の者の一睨みで猫は悲鳴を上げて動かなくなった。口元から血を吐いて絶死したようだ。

 異形の者は門に手をかけて開いた。

「八陣図・・・」

 門から館の扉までの空間に結界が施されているのを見破った。

 暫し止まっていたが、異形の者は滑るように動いた。そう、足はあったがまったく動いてはいなかった。

「生門ハ、コチラ・・・」

 八つある石柱の、ある石柱と石柱の間を選んで異形の者は進む。

 館の扉を開けることなく溶け込むように沈んでいった。

 異形の者は易々と館に侵入した。


「きゃああああああああああ」

 館内に絶叫が響き渡る。

 数秒の後に館内に照明が灯った。と同時に館の者があちらこちらと部屋から出て来た。

 館の者たちは侵入者の姿を見て息を飲んだ。その姿は朽ち果ててミイラのように赤黒く、両手両足が人間であることをかろうじて

 見て取れるた。

 正しく異形の者としか言いようがなかった。

 その側には口元から血が垂れていたメイドがあった。

「皆の者、下がれ」

 凛とした声に館の者たちが一斉に振り返る。

 夜着姿の男が剣を持って立っていた。
 
 後ろには赤子を抱いた女性がいた。

「しゃおろんんんんんーーーーーん!!!」

 剣を持った男の姿を見て異形の者が叫んだ。
 
 その声は地の底からの叫び声に聞こえた。

「リチャード・王、とうとう出たか」

 小龍が剣を構えた。

「サクラ、離れていろ」

「はい」

 赤子を守るかのように、ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもった。

「北斗、北斗ノ座ヲ・・・北斗ノ座ヲ・・・渡セェェェ」

 妄執に取り憑かれたリチャード・王が枯れた両腕を前に伸ばした。

「うおおおおおっ」

 気合とともに小龍が斬りつける。

 ドーーーーン、とリチャード・王の体が爆発した。

「ご主人様!」

 執事らしい老人の悲鳴が上がった。彼の目には、小龍がやられたように見えたからだ。

 が、リチャード・王は上を向いていた。

 小龍は、重力を無視して逆さになって天井に立っていた。

「やるなあ」

 魔力のぶつかり合いで小規模な爆発が起こったのだ。

「爺ぃ、皆を連れて逃げろ」

「はっ」

 主の命令は絶対だ。逆らうことは許されぬ。

 自分らがいては戦う主の足手まといに過ぎぬことは、よく分かっていた。

 執事は全員退避を告げた。メイドたちが足早に避難する。

 その時、リチャード・王の骨と皮のような手に魔弾の光が浮かんだ。

 メイドたちを後ろから攻撃する意図があることを小龍は悟った。

「止めろーーーーーぉ」

 小龍は天井を走った。

 後ろから斬りかかることは卑怯だと思わなかった。

 卑怯卑劣はリチャード・王の方だった。

 相手はこの自分であろう。

 いかに妄執に執り憑かれているとはいえ、ただただぶった斬ってやりたかった。

 そんな若さに任せた小龍の攻撃を、リチャード・王は難なくかわして魔弾を放った。

 魔弾はメイドたちに向けて一直線に飛ぶ。

 その射線上に赤子を抱いたサクラが、すうっと立ちはだかった。

 サクラが右手で魔弾を払ったその時、リーンと鈴の音が響いた。

「ソノすずハァァ」

 憎憎しいばかりの声をリチャード・王が叫んだ。

「歌帆母さまの魔鈴が、こんなところで役に立つだなんて・・・」

 ほっとしながら、母に感謝しながらサクラは呟いていた。

「さすがは奥様。エリオルの娘は伊達ではない」

 老執事がつぶやいた。

 李小龍は、エリオルと歌帆の娘であるサクラ・柊を妻に娶ったのだった。

「サクラ、大丈夫か?」

「はい。北斗も大丈夫です」

 ほっと安堵しながらも小龍はリチャード・王と再び対峙する。

 斬りかかる小龍にリチャード・王は独楽のように空中でくるりと1回転して、小龍の背後に着地した。

 そのまま身を沈めて小龍に足払いを仕掛けた。

 小龍は足を払われるも、床に剣を突きたてて宙で体制を立て直した。

 が、その時、リチャード・王はサクラに向かって走っていた。

 向かってくるリチャード・王が北斗七死刀を振り上げたのをサクラは認めた。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」

 息子を守る母親のサクラは、攻撃的な早九字を唱えて魔鈴の突きを繰り出した。

 北斗七死刀を受け止めた魔鈴が悲鳴のような音をあげた。

「きゃあぁぁ」

 魔力の威力に押されたサクラが後ろに吹き飛んだ。

「サクラァ?!」

 頭を打ったのか、サクラは小龍の呼びかけにピクリとも動かなかった。腕の中で北斗が泣いた。

 リチャード・王がサクラに向かって北斗七死刀を振り上げた。

「させるかぁぁぁぁぁ」

 小龍が北斗七星剣をリチャード・王の背中に突き刺した。

 リチャード・王の動きが止まった。

 しかし、小龍はリチャード・王が哂ったのを感じた、小龍からは見えなかったのだが。

 リチャード・王がサクラに斬りつける動作を小龍はスローモーションのように見ていた。

 北斗七死刀が腰のところに来た時、サクラの背後の空間が裂けたのを小龍は見た。

 そしてその裂け目から1枚のカードの魔法が舞った。

<風[ウインデイ]だ>

 風はやさしく旋風となってサクラと北斗を巻き、しかし北斗七死刀には断固として盾となって弾き飛ばした。

 そして、風[ウインデイ]はサクラと北斗を持ち上げて空間の裂け目へと消えていった。

 裂け目が閉じた時、小龍は元の世界に戻ったような気になった。

 本来人間は、1秒間に数百枚のコマ数の情報を感じることができるという。

 普段は、脳がオーバーロードを起こさないためにリミッターがかかる。

 それが、異常事態の時にその能力が発揮されて正確に情報処理される場合、1秒が長く感じるのだろうか。

 とまれ、小龍の視覚はサクラの危機が去ったため普通の感覚に戻った。

 七星剣をリチャード・王から引き抜くと、召北斗真言を唱え始めた。

「ノウ マク サン マン ダ ナ ラ ノウ エイ ケイ キ ・・・ ノウ マク サン マン ダ ハ イ ガ イ ダ イ カ イ ラ イ ボウ ラ・・・」

 七星剣に星が一つ浮かんだ。

「北斗貧狼剣(とんろうけん)」

 星の名を叫ぶと剣を振り下ろした。

 獲物に襲い掛かる狼のような剣気がリチャード・王に走った。

 リチャード・王も七死刀を振った。

 魔力と魔力がぶつかって爆風は館の壁が吹き飛んだ。

「ご主人様、あやつは? 奥様は?」

 老執事が足早に小龍の元へ駆け寄ってきた。

「リチャード・王は逃げた。サクラは、さくら叔母上の所だろう」

「に、日本ですか?」

 ここは香港。さくらの魔力が如何に凄いかが窺い知れた。

 老執事の半ば呆れた表情に小龍がくすりと笑った。






 陽だまりの中に、ひとりの男が佇んでいた。眠っているのだろうか、安らかな顔をしている。

「小狼叔父上」

 傍らに別の男が立った。

「小龍か」

「はい」

 小狼は振り向きもせずに返事をする。

「リチャード・王の魄が出たそうだな」

「はい」

 小龍の声に緊張の色があった。

「あいつ、おれの眼では不足だというんだな・・・」

 小狼の瞼は、あれ以来開くことはなかった。

 予期していたこととはいえ、とうとうこの日が来たか、という思いもあった。

 2人の間に風が吹いた。風の後を追うように声がする。

「北斗君、また重たくなったわね」

「ええ、健やかに育ってくれています」

「それは良いことだわ」

「それで、叔母上様。お聞きしたいことがあって・・・」

「なあに」

 小龍の妻とさくらの話し声が聞こえた。

「おれは過ちを犯したのかもしれない。あの時リチャード・王を倒すのではなく、護りに徹しておまえの成長を待つべきだったのかもしれない」

 小狼の声には禍根があった。

 さくらを手にすることが叶わなかったリチャード・王ならば、確実に小龍は勝てた。

 が、陰(オニ)となったリチャード・王は手ごわい。

「だが、おれは迦楼羅の力で倒してしまった。迦楼羅の力ならば、おまえを護れたはずだ」

「ですが叔父上。仮に叔父上がそうしたとしても、リチャード・王は必ず隙を突いてきたでしょう。 李家の多くの者が犠牲になったはずです」

「だがなぁ・・・」

 どれが正しかったのかは、わからない。

 今でも、あの時の事が正しかったとも、間違っていたとも判断がつかない。

 リチャード・王を倒したことで今日までの安泰を得たともいえる。

 しかし、先送りにしたともいえる、しかもリチャード・王を強力にして。

「小龍」

「なんでしょうか、叔父上」

「今度こそ、リチャード・王の魄を地に還してやってくれ」

 小龍は詰まった。必ず勝つという保証はなかった。

「小龍。北斗は、我が子は可愛いか?」

「はい。それはもう」

 云われるまでもなかった。

「ならば勝て。必ず生きて帰れ。死ぬことは許さん」

「・・・・・」

 小狼に真剣を突きつけられたような気になった。

「おまえなら絶対に・・・」

 云いかけて小狼は苦笑した。

「これは、さくらに云ってもらった方がいいな」

「叔母上の無敵の呪文ですね」

 小龍も肩の力が抜けたように微笑んだ。

「しゃおらあん、小龍君もぉ、お茶が入ったわよぉ」

 柔らかな日差しの中に、さくらの声が響いた。




 了


  オールド・ハワイコナさんのSS  『CCさくら〜黒衣の花嫁〜』とうとう最終話の改訂版です。
  
  一旦は書き終えたSSをさらに手を加えようと言う、作品に対するはわいこなさんのスタンスに感心いたしました〜。
  良い作品をさらに熟成させた感ありですぅぅぅ。   

ありがとうございました。
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