「 世界一暑いデート 」 |
ゼロさんの新作SSですぅぅぅ。
とっても素敵なお話です。 (゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
「世界一 暑いデート」
出演 けんたろう 新藤 麗子 定岡 もう一人黒服
今夏・・・
麗子、けんたろうが「卯月学園」を卒業した後の話・・・
猛暑という言葉があまりにも似合い過ぎる日。
「卯月学園」を卒業し、働き始めている麗子は仕事が休みなので自宅のプールで泳いでいる。
高校の時よりプロポーションがよくなっている事は本人も承知済みだ。
そのプロポーションの良さを嗅ぎ付けてくる男は、もう麗子の側にはもういない。
「・・・去年の夏は・・・楽しかった・・・」
と麗子は言葉をこぼし、プールから上がりプールサイドに座る。
長く、美しい髪を手で整えパラソルの下へ戻る。
いすに座り、少し飲み物を口に与えそして目をつむる・・・
あの頃の思い出が麗子の頭をよぎる。
───────────────── 一年前、夏。
制服が汗でベタつく季節。
その上ベタついてくる男は麗子にはいた。
名前はけんたろう。
何度も何度も麗子にデートを申し込んでいるのに、成功には至っていない。
別に麗子はけんたろうの事を嫌っている訳ではない。
麗子は(この当時の)翌年から仕事に就く為、夏休みは色々と研修に出なければならないのだ。
そんな事をけんたろうには言えず、いつも「貴方となんか遊んでいる暇は私には無いわ。」と言って
いつも断っている。
麗子はそれでいつも、心の中で泣いているのだ。
本当は、けんたろうと遊びたいのに・・・
研修はキツいものではなかったが、時間を要す事で毎日毎日学校から帰るや否やリムジンに乗り隣町まで
行かなければならない。
麗子にはそれが苦痛で苦痛で仕方が無かった。
まだ、まだ高校生なのに何故今から研修なんか受けなきゃならないのか。
「新藤家」の一人娘に背負わせる責任はあまりにも大きすぎた。
だから、麗子は今にも壊れそうな状態であった。
壊れそうで、そして崩れそうだった。
しかし、そんな麗子にいつも一人の男がついていた。
「けんたろう」
この男が麗子を救った張本人なのだ。
麗子は研修途中、あまりにも荷が大きすぎる為逃げ出したい状態だった。
そして、それをあらん事か行動に移してしまったのだ。
麗子は隣町から卯月街まで走って、定岡たちの追跡を振り切りなんと逃げてしまったのだ。
へとへとになり、ハイヒールを脱ぎ捨てた足もぼろぼろとなりもう立ち上がれない状態だった。
そこまでして逃げたかったのだ。
麗子はちょっとの事じゃ弱音の吐かない人間なのは確かだ。
しかし、そういう人間はいざ「そういう場面」にあってしまうと脆くなりパニックに陥ってしまう。
そんな状況におかれた麗子は逃げざるを得ない状態であった。
逃げついた所は卯月学園であった。
しかし、そこには誰の姿もなく閑散とした空間が広がるだけであった。
当たり前だ。 時刻はもう夜の10時、学校に人の姿はない。
麗子は膝を地面におとし、そしてその空間を眺めている・・・
どのくらい経ったのだろうか、夏なのに冷たい風が吹く。
麗子にはその風があまりにも冷たく感じた。
『「新藤家」から一歩外に出ると、自分を助けてくれる人は誰もいない』のだと麗子は思い込んでいる。
自分でも当たり前だと思っている。
あれだけ高圧的な態度をとり、他人との接触を最小限にとどめてきたのだから。
だが、別に好きで高圧的な態度をとっている訳ではない。
それが麗子なりの「コミュニケーション」をとる方法だったのだ。
理解してくれる人は卯月学園ではいない、と思っていた。
静かに立ち上がり、あてもなく麗子は歩き出す。
卯月学園で、せめてクラスメートで自分を理解してくれる人が欲しかった・・・
ただそれだけだった。
麗子が歩き出すと共に、空からは大粒の雨が降ってきた。
「困ったわ・・・」と呟き、近くにあった喫茶店の屋根の下で雨宿りする。
喫茶店は電気が消され、ドアには「明日、来店願う。 by マスター」と書いてある。
いかにも「by マスター」の部分はいたずら書きだと分かるがその時の麗子には関係のない事であった。
雨は勢いをとどめる事なく降り続ける。
もう少しで見つかってしまうんだろうな、見つかったらまた怒られるだろうな・・・
などという事を頭の中で何度も繰り返す。
自分の立場からして、自分のしてしまった行動があまりにもいけない事だから。
「新藤家」の一人娘、「麗子」。
「新藤」という名前を継ぎ、名を汚さぬ様生きなければならない。
しかし、麗子には荷が重過ぎた。
麗子だって、大富豪の娘であろうが、名を継がなきゃならないのであろうが、一人の「女子高生」なのだ。
そんな彼女に名を汚さぬ様に生きろだとか、そんな事は普通の女子高生にはただの拘束に過ぎないのだ。
その拘束に麗子はうんざりし、こういう結果を招いてしまった。
当然の結果だ。
それを麗子の父親は分かっていない。
だから麗子は拘束されたまま、日々を送るしかなかったのだ。
雨は更に勢いを増し、風もしだいに強くなってきた。
もう、この雨宿りしている喫茶店の屋根も雨除けにはならず麗子はびしょびしょになってしまう。
「この喫茶店が開いたらな・・・」なんて考え出す。
開く筈はない、営業時間はもうとっくに過ぎているのだから。
と、思った矢先である。
雨の向こう側から定岡が麗子のもとへ走ってくる。
麗子のもとかは定かではないが、こちらの方に走ってきているのは事実だ。
逃げたい、ただそれだけだった。
逃げ場のない麗子は、その雨宿りさせてもらっていた喫茶店のドアのノブを握り回してみる。
呆気も無く、ドアは開いてしまったのだ。
この際、不法侵入でもなんでも、という勢いで麗子は喫茶店の中へ入る。
喫茶店の中は真っ暗で、人の気配はない。
定岡の足音は喫茶店をこえ、しだいに小さくなっていく。
そして、麗子はその場に座り込む。
冷房が効いてないせいか暑い。
じめじめしていて、とても長くは居る事の出来ない所の様であった。
でも定岡たちをまくにはこの場所はうってつけであった。
誰もいないし、外からは見えないし。
麗子は興味半分、その喫茶店を歩いてみる。
コーヒーの香りが強く、ケーキの甘い匂いも混ざっている。
さながら、営業中の様な感じがした。
勝手にいすに腰を掛け、濡れた髪をハンカチで丁寧に拭く。
と、雨に濡れたせいかふいに「くしゅん!」とくしゃみが出てしまった。
人がいたら、即反応してこちらにやってくるだろう。
麗子は反射的にテーブルの下に隠れた。
5分くらいだったのだろうか、誰の足音もしない。
テーブルの下から出ようとした瞬間
「あ、お客さん? コンタクトでも落とした?」と、喋りかけられた。
麗子は「びくっ!」として、声の主の方に顔を向ける。
しかし、店内は暗く顔が見えない。
その声の主は続けて、「明るい方が見やすいッスよね、電気つけますよ。」と言って
電気をつける。
店内は明るくなり、麗子の姿とその声の主の姿が照らし出される。
麗子は驚いた。
そこには、その声の主は「けんたろう」なのであった。
こんな時間に何をしているのか、聞きたかったがそんな立場にはおかれていない。
そして、その照らし出された麗子を見てけんたろうは・・・
「・・・麗子・・・その・・・ぱんつ見えてっぞ。」
テーブルの下にいた麗子はかがんでいる状態だったので、スカートの中が丸見えであった。
それを言った瞬間、素早い平手打ち。
「ぱんっ!」と張り裂ける様な音を立てて、けんたろうの頬には赤い手の跡が残っていた。
「何すんだよ、それにこんな時間に何の用だ?」
けんたろうは少し「むっ」とした顔で麗子を見る。
麗子は応えられなかった。
自分が研修に出て、それから逃げ出してきただなんて。
その応えない麗子を見て、けんたろうはため息をつき黙って奥の部屋に入っていく。
「あっ・・・」麗子は何も言えず、けんたろうの後を追う。
かなり、暑い部屋に着いた。
「あん?着いてきたんか?」と、多少冷たい目つきでけんたろうは麗子を見る。
麗子はまた何も応えず、ただ頷くだけだった。
けんたろうはまた「作業」に戻る。
麗子はただそれを見ている。
謝らなければならない。
それは分かっている。
でも、言葉が出てこない。
焦るばかり、ただ心の中で「謝ろう」という気持ちが空回りしている。
そして、また焦る。 悪循環だ。
黙っている麗子をけんたろうが横目で「ちらっ」と見て、喋り始める。
「麗子、俺が今何やってるか分かるか?」
と言って、コーヒーメーカーを麗子に見せる。
「コーヒーを作っているの?」と、素直にそのまま言い返す。
「そうだ。」と呆気の無い応え。
「だけどな、俺は普通のコーヒーを作ってるんじゃねぇんだよ。」
と、言って横にあったケーキを見せる。
「マスターからの課題でさ、このケーキにあったコーヒーを作れって言われたんだよ。」
額の汗を拭うけんたろう。
暑い、この部屋はかなり暑い。
冷房はあるが、作動はしてなくただそこにあるだけであった。
「微妙な気温の違いとかこだわってんだけど、やっぱ関係ねぇのかな。」
けんたろうは肩を落とす。
こんな姿のけんたろうを、初めて麗子は見た。
「んで麗子、何の用だ?」
「・・・・・・・・・」
麗子はまた応えられない。
「その格好、まるでOLみたいだな。 仕事でもしてんのか?」
遠からず、とは言え仕事まではしていないが的を射ている質問だ。
「そ・・・そんな訳ないでしょ・・・」
「そっか。 それじゃあそれがお前の私服か?」
「ち、違うわよ!」
「んな怒るなんなや。 じゃあ、お偉いさんとでも会ってたんだろうな。」
冷たく言い放ち、またコーヒーメーカーの方へ体を向ける。
このまま、黙って立ち去る事が出来ない麗子はただけんたろうを見つめている。
しばらく経ち、けんたろうがコーヒーメーカーから向きを変え麗子を見る。
「なあ、麗子、うまいコーヒーを作るにはどうすれば良いと思う?」
唐突な質問。
麗子は、それでもしばらく考え考え付いた事をけんたろうに話す。
「料理の場合だけども、『色々な味を知り、多数のお客様の色々な好きな味を知る、そしてその上で
自分らしさを見つける』と、私の家のシェフは言っていたわ・・・」
ふむふむ、とけんたろうは聞き入る。
しかし、けんたろうはまた首をかしげる。
「俺には・・・その自分らしさが引き出せないんだよな。」
と、ため息混じりに置いてあったコーヒーを啜る。
麗子もまた、首をかしげる。
「自分らしさを引き出せない」という所に引っ掛かる。
「マスターにも言われた。 『自分らしさ』『俺の個性』が、俺のコーヒーには出てないって。
一体、『自分らしさ』って何なんだ?結局。」
「そんな事・・・私に聞かれても・・・」
けんたろうの視線から目をそらす。
目を合わす勇気がない。
自分にも同じ事が言えるからだ。
「ははは・・・ごめん、何だか愚痴っぽくなっちまって。」
「・・・・・・・・・」
「あ〜あ、この課題夏休み中とか言われたけど・・・無理っぽいなぁ。」
本気でうなだれて、いすに座る。
そしてまた、コーヒーを啜る。
「麗子、突っ立っていないで座れば?」
「・・・・・・」
黙って、けんたろうの言われるがままいすに座る。
けんたろうは麗子を見て、決して責める事なく質問する。
「なぁ、なんでここにいるんだよ?」
「それは・・・」
「本当は何かあったんだろうよ?」
「・・・・・・」
「なあ、麗子応えろや。」
「ここにいたのが偶然俺でよかっただろ、もしマスターとかだったら警察呼んでるかもしれないんだぜ?
まあ、ドアを閉め忘れた俺も悪いけどさ。」
「・・・・・・」
「麗子。」
「・・・・・・」
「麗子、聞いてんのか? ・・・って、おい何泣いてんだよ?」
「・・・・・・えっ?」
麗子は自分の目元を触ってみる。
確かに、涙の感触がする。
「やっぱ、何かあったんだろ? 話してみろや。」
「・・・言えないわ・・・貴方にだけは・・・絶対に・・・」
喉の奥から絞り出す様な声は今にもかすれて消えそうな声であった。
「貴方には・・・貴方にだけは・・・」
「知られたくないってか・・・」
「貴方になんか・・・絶対・・・」
「・・・しかしな、俺には知る必要がある、別に店に入ってきたからってそれを聞きたいんじゃない。
『なんでお前が泣いているか』知りたいんだ。 何故なら俺は麗子が好きだからな。」
言いながら、顔を近づけるけんたろう。
軽く言ったつもりなのか、それとも本気なのかいつもそれが麗子には分からない。
けんたろう特有の告白だ。
しかし、麗子はその言葉が嬉しくて仕方が無く涙が出る。
そして、それに反しけんたろうの前では素直になれない自分が疎ましい。
そんな自分を悔やみまた涙を流す。
「麗子が俺に言えない事情があるのは分かる、でも泣いている女の子見て助けない男がいるかよ。
なんで泣いてるのか、教えてくれないか?麗子。」
その言葉に麗子は、麗子の中の『糸』は切れて喉の奥につまっていた自分の事を順々に話していく。
学校の事、学校の後の研修の事、そして何より、けんたろうの事を想っている事を・・・
けんたろうは聞き逃す事なく、麗子の話す事に集中する。
麗子がすべてを喋り終えると、けんたろうは黙って一杯のコーヒーを注いで麗子に差し出す。
そしてけんたろうは、「その・・・さ、格好つけてるつもりは一切無ぇんだけど、麗子は多分辛い
拘束の中で苦汁をなめさせられているに値する事をさせられてたんじゃねぇかな?
だから、甘みの強いそのコーヒーは今の麗子には合うと思う。」
砂糖を適度に、ミルクを入れたぬるめのコーヒーを差し出した。
麗子は静かにそれを啜る。
「俺は麗子の事好きで、デートとかしてぇけど・・・そんなに忙しいとはな。」
「・・・・・・」
「麗子、どうせここまで来ちまったんだから今からデートしないか?」
「・・・!?」
コーヒーを吹き出しそうになる麗子。
しかし、それに対照的なけんたろうは冷静に
「茶に付き合ってくれるだけで良いんだ、どうかな?」
けんたろうの目つきは真剣そのものである。
麗子は落ち着きを取り戻し、その真剣なまなざしをちゃんと受けとめて小さく頷きデートを了承する。
少し時間が経ち、店内には奇麗なバラードが流れる。
そして、良い香りと共にコーヒーとケーキがやってきた。
「お待たせ。」
けんたろうはコーヒーとケーキをテーブルの上に置き、自分もいすに腰を掛ける。
麗子にはミルフィーユとミルクコーヒーを、けんたろうにはチーズケーキとブラックのコーヒーを。
「どうだ?美味いだろ?」
「ええ、とっても。」
と、いかにもお互いが雰囲気を作ろうという感じであった。
「なんてな、そんな会話俺には合わないな。」
「ふふふ、そうね。」
「あっ、ひでーな。」
二人、笑顔だ。
普通のデート、普通の女子高生が普通の男子とデートしている風景だ。
麗子はこれが望みであった。
「新藤家」の跡取りだから、とか見られるのは嫌だった。
でも、この時間は、このデートの相手は『そういう事無し』で付き合ってくれている。
麗子には嬉しくてたまらない。
いっそ、このまま時間が経たなければなんて考えたりしていた。
しかし、時間というものは容赦なく過ぎ去っていく。
時刻はもう午前の1時だ。
何時の間にか雨もあがり、奇麗な夏の夜空が顔を出す。
「今日は有り難う。」
「こちらこそ、不法侵入さん。」
「・・・本当に意地が悪いのね。」
呆れ反面、麗子は苦笑している。
と、そこに麗子が携帯で連絡した定岡ともう一人の黒服の男がリムジンでやってきた。
「麗子お嬢様、お迎えにあがりました。」
「・・・じゃあ、また学校でね。」
「ああ、気を付けて。」
麗子はリムジンに乗り込み、けんたろうに小さく手を振って車は出た。
「ねぇ、定岡。 お父様は怒ってらっしゃるの?」
「いえ・・・旦那様は麗子様が何故研修を抜け出したのか必死で考えてらっしゃいます。」
「理由は簡単なのにね?」
もう一人の黒服に、麗子は話し掛ける。
「そうですね、旦那様は頭がおかたいですからね。」
「そうね。 ふふふっ。」
「さてと、さっきの片づけなくちゃな。」
けんたろうは店の中に戻り、テーブルの上にあるものを片づける。
片づけていると、一枚のティッシュが麗子の使ったフォークに巻き付いていた。
中に何か書いてあるので取って見てみると、中には・・・
「貴方は曖昧。」
と書かれているだけであった。
けんたろうは苦笑し、その紙をポケットに突っ込み作業を再開する。
明日の自分の為に男は『自分らしさ』を見出し、女は『自分の望み』をさらけ出した。
今宵 夏の夜の下に・・・
───────────────── 現在
麗子は目を覚まし、時計に目をやる。
30分程度しか眠っていないのに、3時間くらい眠ってしまった気がする。
去年の夏の夢を見ていたのだろう、麗子は夢を見て少しだが涙を流していた。
けんたろうの事を思い出し、切なくなった。
高校を卒業したけんたろうは実の父親とちゃんと、今までうやむやになっていた事に対しちゃんと決着を
つける為に卯月街からは離れていた。
「すぐに帰ってくる。」と言い残しただけだったので、行った先などは分からない。
でも、麗子はけんたろうを信じ待っている。
いつか、自分を完璧にさらけ出せる相手の為に、麗子はけんたろうを信じ続け帰りを待っていた・・・
終わり。